岳行ノート

<湖南アルプス>
太神山・矢筈ケ岳 600m・562m/滋賀県大津市

2010年1月30日(土)


不動寺二尊門(ニソンモン)の石仏
(柔和な表情で肩の力が抜けます。女性は願い事、男性は考え事)

※2/3温泉玉子さんにご教示いただきました。
二尊は不動明王の眷属(ケンゾク:従者)の童子で
左像は矜羯羅童子(コンガラドウジ) 右像は制多迦童子(セイタカドウジ)です。



 先回の岳行ノートでは、度会アルプス2山のレポでした。滋賀県では金勝アルプスを昨年12月辿りましたが、ガイドブックにもう1つミニ・アルプスが載っています。

 琵琶湖南にある湖南アルプスです。名前通りの岩の頂きが続き、そこに太神山(タナカミヤマ)〜矢筈ケ岳(ヤハズガダケ)〜笹間ケ岳(ササマガダケ)のコースがあります。

 本では古刹や池・湿地、眺望大岩と見所があり、低山ながら変化に富んだ楽しい周回ができそうです。ところで中部・近畿には、ご当地アルプスはどれほどあるのでしょう。

 各務原アルプス(岐阜)、田原アルプス(愛知)、北勢アルプス(滋・三)、比叡アルプス(滋・京)、須磨アルプス(兵庫)、多紀アルプス(兵庫)、小野アルプス(兵庫)、沼津アルプス(静岡)、頚城アルプス(長・新)‥他にも?


 教科書は、山と渓谷社刊「関西周辺の山250」です。また山と渓谷社「新・分県登山ダイド 滋賀県の山」も参考にしました。
<駐車地>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動




→本願谷登山口→合流点→不動寺→▲太神山→二尊門(ランチ)→
矢筈ケ岳分岐→▲矢筈ケ岳→出合峠→御仏河原分岐→大谷河原→富川道登山口→P

 ※赤線はGPS軌跡

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前6時5分発  2℃
駐車地:午前8時15分着 曇り
周回:太神山まで2時間50分(以下、小休止含)
    矢筈ケ岳まで1時間25分 Pまで55分
◆所要時間:5時間10分



 名神瀬田東ICで降り、琵琶湖南端の瀬田川から支流の天神川を遡ります。

 この富川道登山口手前の駐車地に突き刺すように車を停めました。川音を聞きながら林道を1km上ると‥
(8:25)



 右手に迎不動の祠。この林道は東海自然歩道であと600m先が不動道登山口となり不動寺までつながっています。
(8:40)


 ※石に彫られた不動尊。最初に出会う不動尊のため迎不動と呼ばれています。



 その道先に橋がありました。手前で右上を見ると幹に赤テープと湖南アルプスのシールマップを発見。

 自然歩道のショートカットと思い『林道より山道が好き』と入山します。
(8:50)



 明快な沢道は、渡渉や岩登りで楽しい。松茸の時期(9/15〜11/15)の入林禁止テープが残っていました。

 『松茸よりシイタケのほうが実力があると思うけどねえ』

登山口から25分、堰堤前で疑木階段が崩落した個所があります。
引き返そうかと思ったのですが、迂回して登ることができました。やがて快適な道となります。
ところが道は沢を離れても東海自然歩道へ向かわず反対方向へ‥『バリルートか?』

尾根に出て登山口と同じシールマップがあり「湖南アルプスで昨年3名の道迷い遭難発生」との注意表示。
低山といえど枝道が多く侮れません。でも登山道には、テープが頻繁にあってありがたい。
GPSガーミンを確かめると、いずれガイドブックのルートに出合うようです。



 そしてその道と合流しました。『やれやれ』大廻りしましたが、道標に従い不動寺太神山へ向かいます。
(10:25)

 結論:このルートはリスクが高く、ガイドブックの不動道コースがお勧めです。





 15分で念願の東海自然歩道に出会います。結局ガイドブックのコースタイムより、50分と体力を費やしました。




 緊張ルートの後は、楽チンな道が嬉しい。二尊門でTOP写真の石仏を見て気持ちを立て直します。
(10:45)



 不動寺の庫裏がある広場で小休止。トイレもあります。石段を登るとご住職が僧衣で降りてこられ挨拶を交わしました。
(10:55)

※貞観元年(859年)創建

不動寺本堂前の石段に着き、158段登ります。
清水寺と同じ舞台造りで見上げると迫力があります。
室町時代に建築され国重文(大正13年)です。

規模は大きくありませんが、風格があり一見の価値が充分あります。
本堂は大岩にくっついて建ち
後ろへ回ると潜り岩になっていました。

 その先に二等三角点山頂です。展望はありません。潜り岩で記念撮影をしていた4人の青年が来るので後ろの奥の院へ。
(11:15)

 お寺の見学を終え二尊門でランチにします。生麺の味噌煮込みウドン。

 ほっこりした食事の旨さは冬の悦びですね。
(11:35)〜(12:15)


 膨れたお腹に平坦な尾根道が優しい。が、出合峠から急登になります。あの青年’sが降りてきました。

 『どこから登られました?』と聞かれ、バリルートの説明をします。『そんな道、僕らには修行が足りません』

 4人の歳を足しても私達より少ない。若さはいいな。『ホルモン、ホルモン』



 矢筈ケ岳562mは、樹間から琵琶湖が望める程度です。矢の先で弦をつかえる部分が矢筈(ヤハズ)と言います。
(13:10)

 青年たちは笹間ケ岳433mへ向かうと言っていました。私達も‥



 出合峠へ戻って左折し、緩やかに降ります。この山域は、花崗岩のザレ道でアカマツが多いのが特徴です。

 ガイドブックのこのルートは、案内テープや枝道に入らないように注意マークがあり安心できます。



 小沢に降りるとそこが御仏河原(ミホトケノカワラ)。子供連れの方が笹間ケ岳より降りて来られました。

 所要時間を尋ねると往復1時間以上必要です。3山目は諦め、池巡りだけしましょう。
(14:15)


4分で小さな澄んだ池。(左)
そこから1分で濃い緑の凍った池(右)
更に2分歩けば‥




『温泉みたいな色してる』とひよこさん。
大きな池ですが名前がないようです。風がないので鏡状現象。
(14:30)



 そして森の中の砂浜、大谷河原(オオタニノカワラ)着。笹間ケ岳433m山頂の八畳岩の展望に未練が残ります。

 バリルートで費やした時間がアダとなりましたが無理はしません。Uターンします。
(14:35)


御仏河原に戻り、富川道で下山。
(14:55)

これが面白道で足場を探しての岩盤降りです。
途中で滋賀県最古(明治20年)の御仏えん堤(右)を過ぎます。
30分ほどで岩道が終り‥

 ようやく、朝の林道へ降りました。着いた時は、私の車一台だけでしたが3台+単車が停車中です。
(15:30)

 その後、ガイドブックの不動道登山口Pまで行ってみます。ビッシリ6台停まっていて人気の山だと認識できました。

 その登山口は、林道ゲートを越え350m先です。

帰路、瀬田川まで来て振り返ると湖南アルプスが一望できました。
左の住宅密集地から奥の谷へ入り、その上のピーク太神山(タナカミヤマ)を目指したのです。
この山は、大正時代まで田上山(タナカミヤマ)の名で通っていました。

またこの辺りは、田上(タナカミ)○○という地名です。読み方は難しい。右端は矢筈ケ岳
今日でお正月から1ケ月『時の経つのが速いなあ』
そう‥時は心の薬にもなるけど、お肌の衰えには厳しいもの。



東海岳行

    “世界遺産の旅:姫路城”

 昨秋、世界遺産の旅(中国地方)に行こうと思ったのは姫路城がきっかけです。昭和39年の解体復元工事から45年経過し、漆喰の塗りかえや瓦の取替えが必要となりました。

 28億円かけ平成22年4月12日(月)からすっぽりとお城が覆われ右写真のように外から全く見えなくなります。それが平成26年12月末まで5年間続くわけです。

 『大変だ』私達の5年先は在るか無いか分かりません。ひよこさんは、未見なので中国地方への世界遺産の旅は姫路城がメインです。そんなことで兵庫県姫路市に着き(09/11/23)姫路城の南側にある最大の大手門駐車場に車を入れます。(3h500円)



 堀を渡り大手門を潜ると広い三の丸広場です。そこで撮ったのが左写真。『かっこいいね』ひよこさんは早くも興奮気味。その奥に入口があり入城料は一人600円。

 開城は9時から16時ですが、私達が着いたのは15時50分、危ない所でした。昼間はここに列ができたようですが、この時は空いていてギリギリが良かった見たいです。

 城内の門をいくつか潜り抜けると大天守前の広場に出ます。16時30分が大天守内に入る最終時刻です。工事前ということで見学が集中し、通常ここで並ぶことになります。遅かった私達はすっと入れました。ガードマンに聞くと入口から天守まで3時間以上かかることもあるそうです。



 しかし、城内に入ると登り方・降り方の一方通行なので、下写真のように止まったまま20分くらい待たされました。お城は築410年、今まで何度か消滅の危機がありました。

 廃藩置県により明治時代売りに出され、買った人が解体費用がかかり過ぎるため諦めたそうです。戦時中、何回か爆弾や焼夷弾が落とされましたが、奇跡的に不発弾でした。

 国宝のお城は犬山・松本・彦根・姫路の4城ですが、これだけの規模のものがよく現存したと思います。1993年日本初のユネスコ世界文化遺産の指定を受けました。

 姫山に築かれ地下1階・地上6階。大天主の窓から播州平野を望むことができます。確かに瓦の漆喰が剥がれていました。いつの間にか黄昏が迫っています。

 戦時中、姫路市は爆撃を受け戦火で焼け野原になりました。翌朝、朝日を受けた変わらない姫路城を見た人々は涙したそうです。その話を聞いたとき、私も胸が詰まりました。帰り駐車場から一斉に車が出るので、10分間ピクリともしません。諦めて動き出すのを待ちます。



 なお工事期間中は、覆いの内部に見学用のスペースやエレベーターが設置されます。修理現場の様子や大天守上層部の外観を間近に目にできます。

 詳しくは保存修理の日程表をご覧ください。

2010.01.31/23:30