岳行ノート

春日山原始林(若草山342m)/奈良県奈良市

2010年11月18日(木)


天使の階段が現れた若草山

春日大社第一殿の神が白鹿に乗って奈良にやってきたという伝説から
鹿は神の使いとして保護されてきました。



 日本の世界遺産で「古都奈良の文化財」は、1998年12月文化遺産として登録されました。それは奈良市内にある東大寺を始めとする寺院等です。

 その中に春日山原始林がありました。原生林は山でよく歩きますが、原始林って興味を引きます。訪れてみたいと思い調べたのですが、コースがよくつかめません。

 ぼちぼち調べて半年、何十件もネットサーフィンしてようやく全貌がつかめました。ちょうどご近所の奈良公園が紅葉見頃なので出かけましょう。


 教科書は「奈良歴史ミステリーハンター」さんにお世話になりました。参考書は、近鉄電車「てくてくまっぷ:奈良3-柳生街道(滝坂の道)コース」です。

ミステリーハンターさんは、2012年2月40歳でご逝去されたそうです。ご冥福をお祈り申し上げます。
<春日神社駐車場>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動



駐車場→大楠→寝仏→夕日・朝日観音→首切地蔵(新池)ドライブウェイ横断→地獄谷石窟仏→石切峠
                                                          
水谷茶屋                                               峠茶屋

                                                          
ゲート(春日山遊歩道)←▲春日山←地蔵の背←鶯の滝←芳山交番←春日山石窟仏←ドライブウェイへ

 ※赤線はGPS軌跡      ■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前5時50分発  5℃曇り
駐車地:午前8時35分着  7℃曇り
駐車場〜峠の茶屋:2時間25分(以下、小休止含)
峠の茶屋〜駐車場:3時間10分
◆所要時間:5時間35分



 名阪国道で奈良県に入り、山添インターから県道80号線を走り、春日大社の西にある駐車場に停車します。1日1000円也。

 観光バスは、まだ1台だけです。ジャパニーズ・スタイルのトイレは綺麗。大社の南にある若宮神社をまず目ざします。
(8:50)


 神社前には異形の大クス。幹周り11.5m、樹高24mで神功皇后のお手植えと伝えられ、それなら1800年前のことです。

 境内から道路に出て左折。進んでいくと分岐に石碑があり「右 瀧坂」(滝坂の道)を選びます。
(9:10)

 やがて集落を抜け‥





 能登川に沿って歩いて行くと、いよいよ原始林。カシ・シイの多い照葉樹林、空は常緑の葉で覆われ薄暗い世界です。
川沿いの道は柳生街道。奈良の町と柳生の里をつなぎ、その一部を滝坂の道と呼びます。
江戸中期、奈良奉行により敷かれた石畳が延びています。宮本武蔵荒木又右衛門も通りました。
昭和初期まで柳生方面から奈良へ米や炭などが牛馬で運ばれ、荷車の車輪跡が刻まれています。

この谷間には奈良時代からの石切場跡が点在しており、東大寺などの礎石が切り出されました。
そのころ修行僧が刻んだ石仏があちこちにあります。最初に出合うのが寝仏ですが、中々現れません。
集落を出て20分以上歩いた頃‥ひよこさんが『あったよ』



 道左に岩が横たわっています。寝仏は像高48cmの大日如来像。斜面上の岩に彫られていたものが転落したものです。

 岩の左が頭部で、手を合わせているのが分かります。通行の邪魔にならないよう寝ておられました。
(9:40)



 50m先には夕日観音。斜面の上、写真中央の三角形の岩に掘られています。また標柱の上あたりにも三体地蔵尊

 登って撮ったアップの絵は、最後の■道草をご覧下さい。
(9:45)




 東向きで朝日に映える朝日観音。まん中が弥勒菩薩、左右に地蔵菩薩です。銘から1265年鎌倉時代の作と思われます。
(10:10)

広い三差路に出ました。この滝坂の道は東海自然歩道でもあり、トイレが工事中です。
刀を入れた様な首切り地蔵は、三重の剣豪荒木又右衛門が試し切りをしたという伝説があります。
高さが180cmほどの大きいもので切られた首は接合されていました。
(10:25)




 地蔵の先で紅葉に彩られた能登川源流の地獄谷新池に出ます。ここから少し降ると奥山ドライブウェイの横断地点です。
(10:35)



 道を渡り、案内板を見て山道へ入ります。5分で地獄谷石窟仏。凝灰岩層をくりぬいた石窟の壁面に仏像が線刻されています。

 驚くことに苔の緑の中に石仏の彩色が残っています。■道草をご覧ください。
(10:55)





 石窟仏からアップダウンがあり結構きつい。一帯は地獄谷という恐ろしい名です。その由来は■道草を参照下さい。
 石切峠に出て右折し少し降ると突然、峠の茶屋に出ます。うどんを頼むと今日はやっていないと言われました。

 ここでランチにする予定だったので困ります。仕方なく草餅160円を2個と甘酒400円のお食事。
(11:35)〜(12:10)

■道草をご覧ください。



 充実しないランチを終え、石切峠に戻ると『いち、に、さん、し、アルソック』自衛隊の行軍訓練でした。

 100人以上の列で若い隊員は『こんにちは』と元気で愛想がいい。最後尾の中年管理職はブスッとしていました。

 ドライブウェイに出て右折し、未舗装の車道を歩きます。春日山石窟仏の案内板があり、数分で往復できるので寄り道します。■道草をご覧ください。
(12:25)

 戻ってドライブウェイを歩くと芳山交番所。お巡りさんが駐在しています。世界遺産を守っているのかな。綺麗なトイレがあるので用を済ませます。
(12:35)



 そして捜し求めていた物がありました。世界遺産の石碑です。写真を撮ると「春日山原始林」を制覇した気分になります。

 この赤い欄干の大原橋を渡り、紅葉に彩られた道を行くと‥
(12:55)

 原始林の水を集め流れ落ちる鶯の滝。落水の音が鶯の鳴く音に似ているというのでこの名が着いたそうです。

、幅2m、高さ10m。奈良市内を流れる佐保川の源流で水道源で紅葉の名所でもあります。ドライブウェイに戻りましょう。
(13:05) 

※ピストンせずにドライブウェイの少し西へ出る周回道があります。自信がなかったのでピストンしました。



 道は一方通行で時々車が通ります。花山・背地蔵の標識がありましたが、説明板が無く由来が不明です。
(13:45)

 やがて奥山ドライブウェイの検札所ゲートを潜ります。若草山山頂に近い駐車場を抜け‥

数分で若草山342m、眼下に奈良盆地が広がる展望抜群の山頂です。
シバを食む鹿がたくさんいて足元は糞だらけで気にしたら歩けません。
山頂に築造された史跡鶯塚古墳は、前方後円墳です。

 墳丘へ行くと三等三角点があります。今日はお地蔵さんを見過ぎたせいか歩くひよこさんが「ひよこ地蔵」に見えたので写真を撮りました。
(14:15)〜(14:30)

若草山開山期間:平成23年3月19日〜12月11日午前9時〜午後5時
山頂から西に山道を下山すると三笠観光会館に出て駐車場へ戻ります。

若草山に自生する芝は固有種:ここの芝は日本芝の一つノシバの一種。芝は鹿に食べられ糞として排出される。堅い殻は柔らかく、発芽しやすい。食べられても食べられても次々と葉を出し成長させるのが特徴です。山頂に古墳が築かれた4世紀頃自生し千年以上かけ特異な進化を遂げた。(2012.02.06中日新聞)


 一旦、奥山ドライブウェイ検札所まで戻り、その手前から右の春日山遊歩道を降ります。
(14:35)

 くねる道の道中は長く感じ、25分ほどで原始林の中にある料亭月日亭。やがて賑やかな修学旅行生の声が聞こえたら‥



 春日大社北にある風流な水谷茶屋に出合います。この先の道を左折、観光バスがズラリ並ぶ駐車場へ帰着しました。
(15:15)

 原始林ウォークは、手つかずの自然に触れ、ちょっと異次元の体験ができたという感じですね。


東海岳行
   “もっと原始林

 春日大社背後の山、御蓋山297m、花山497m、芳山518mを総称して春日山と言います。仁明天皇の承和8年(842年)以来、春日大社の神域として狩猟・伐採が禁じられてきたため原始林となりました。明治に国有林となり大正には国の天然記念物に指定されたのです。

 結果的に1000年以上も殆ど斧の入らない原始の森が残されました。ところが1901年春日山原始林を囲んで周遊道路が完成し、1928年には有料周遊自動車道路となります。1955〜59年には、観光バスを通すため若草山の北から春日山東側を通り高円山経由で市街に下る奥山ドライブウエーが完成しました。

 現在、環境保護運動もあり車は厳しく規制されています。1998年「古都奈良の文化財」の一つとしてユネスコの世界遺産に登録されました。奈良市のど真ん中に貴重な手つかずの原始林があることは自慢できます。ただ照葉樹の森は夏場、湿度が高くヤマビルがいるので足元注意です。



森の伐採: 実は森に斧が入ったことがあります。戦国時代一人の男により天然杉が伐採されました。豊臣秀吉です。京都の大仏を祀る方広寺を建立するためでした。

 また禁制のお山を切ると言うことは、自分の権威を示すためでもあります。その後、秀吉は悪いことをしたと思ったのか、1万本の杉を植林したのです。

 いま見られる大きな杉は400年前に植えられた木かもしれません。その方広寺の梵鐘に刻まれた「国」「君臣豊楽」の銘文に対し徳川家康がいちゃもんをつけたのは有名ですね。



夕日観音→:柳生の人が奈良に寺詣や商売に行き、夕方帰ってくると斜面上の観音さんにちょうど夕日が当たる。夕日に映えて美しいところからこの名が付きました。

地獄谷石窟仏↓:石切りした跡に描かれ、朱色が残っています。ここの辺りは奈良時代以降、都で死人が出ると、遺体をここまで運び風葬したのです。

 山中の遺体を鳥がついばみ、いかにも恐ろしい光景だったので地獄谷と呼ばれるようになりました。



■峠の茶屋↓:茶店の中の鴨居には、武芸者が飲み代のカタにした古めかしい鉄砲や槍が掛けられています。自衛隊の訓練休憩場として協力し、その感謝状もありました。

 お爺さん一人で切り盛りしていてわらび餅(夏期)や草餅が名物ですが。草餅は私たちのが最後でその後、訪れるお客さんに売切れたと断っていました。

 草餅は、いつどれくらい用意したらよいか難しいとグチられました。峠から東北にある柳生新陰流で知られる剣豪・柳生の里(奈良市柳生町)までは12kmあります。



 柳生石舟齋宗厳徳川家康に無刀取りを披露し、将軍家の兵法指南役として仕えました。宮本武蔵は、柳生石舟斎に戦いを挑む為、柳生を訪れます。

 その宿で同じく試合を望む吉岡伝七郎宛てに送られてきた断りの手紙に添えられている芍薬の切り口を見て武蔵はその切り口の鋭さに驚いたのです。


■春日山石窟仏←:平安時代後期の墨書銘が残る石窟仏。凝灰岩を切り出した跡に石仏を彫ったようです。東西に二つの洞窟には、阿弥陀仏、聖観音、地蔵などの20数体の諸仏が半肉彫りされていて、シルクロードの石窟をしのばせます。
10.11.22(月)22:20