岳行ノート

藤原岳 1140m/三重県いなべ市

2011年1月26日(水)


                 雪嶺藤原岳   (藤原町大貝戸306号線より)

山裾から一気に1000m標高を上げます。正面山腹はセメント原料の採掘場です。
セメント業界最大の太平洋セメント藤原工場は、この地に80年前できました。
左端麓の登山口から右へ尾根を登ります。中央付近の鞍部、右向こう側に藤原山荘。



 先週に引き続き「ジオンと山歩記」さんにお誘いいただき、雪登山をします。藤原岳は、福寿草の咲く花の百名山として全国区の名山です。

 私も花登山をした時、登山道で列をなす登山者に驚きました。会社の先輩ですが、何十年も前にスキーを担いで登り、山頂のスキー場で滑ったことがあるそうです。


 さて現在の山の状況はライブカメラで確認できます。聖宝寺登山道は、砂防工事のため3月31日(土)まで通れません。大貝戸道で登り山頂付近の樹氷を期待します。



 教科書は、中日新聞社刊西内正弘著「鈴鹿の山 万能ガイド」です。
<駐車場>
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登山口P

神武神社

分岐

六合目

八合目広場

九合目展望地

藤原山荘

七合目分岐

登山口P

 ※赤線はGPS軌跡


■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前6時10分発  1℃曇り
駐車場:午前7時45分着  曇り時々小雪
往:2時間55分(藤原山荘まで、小休止含)
復:1時間50分
◆所要時間:4時間45分



 関ヶ原ICから南下し、306号線より藤原町大貝戸(オオカイト)集落へ入ります。山に向かい藤原岳登山口休憩所へ到着。

 水洗トイレ・靴洗場・2段の無料駐車場。鈴鹿最高の施設ではないでしょうか。6名のパーティで出発、左の鳥居が登山口です。
(8:15)





 すぐに神武神社となり、山道は植林の中へ延びています。フェンスに突当たると‥





 高度を稼ぐ登山道となりました。ジグザグで急登が和らげられますが、次第に足元は雪の敷物の道となります。




 二合目の標識、もう道に土は見えなくなりました。以後、標識で具体的な目標を描けます。
(8:40)

四合目を過ぎ、凍った圧雪に堪らず軽アイゼンを装着しました。
(9:10)




 五合目を過ぎ、しばらく行くとこの分岐に出ます。右が尾根道、左が山腹道で七合目手前で合流します。往きは左へ‥
(9:40)




 七合目標識を過ぎると後から悲鳴!倒木の雪塊が女子の後頭部に落ちました。凍っていたので相当衝撃があったようです。

 大事に至らず良かったです。
(10:00)



 まずは八合目聖宝寺道との合流点です。無雪期は、この休憩広場でくつろぎました。看板で雪崩危険区域を確認します。

 3月末頃なら、この辺りから福寿草が見られるはずです。いざ、ここからは直登の冬道へ。
(10:15)


 これが結構な急登。春の盛りならば億の葉に満ちる急斜面ですが、眠る木は光合成をせず心なしか酸素が薄い気がします。

 深い雪に苦しい登りが続く。少しの我慢が大きな幸せを呼ぶのでしょうが、私に長友のような無尽蔵のスタミナが欲しい。

長友:サッカー日本代表スーパーディフェンダー





 登り着くと好展望地の九合目、眼下はシルクの海。20分の喘ぎを終えほっとしますが、風が強い、雪が飛ぶ、鼻水垂れる。
(10:35)

 何と再び子供のころ滑り台を上がったような必死の爆坂『こたえるなあ』ここは先行者の深い足跡が助けになり、忠実に踏んでいたら‥

 『イエ〜』踏み跡の道を尻セードで降りてくる。足跡がならされ、つるつるのスライダー状態。そうなると自分で雪を踏み道を作るはめになります。
風は一層強くなり、空と地の雪粒が頬をビシビシ責める。雪質がサラサラなので吹き飛びやすい。
カメラを操作しやすいようにニットの手袋をしてたので指が凍傷になるかと思うほど冷たい。
容赦ない天候に根性を試される爆登‥自然学校の実習教育は厳しい。

台地に佇む藤原山荘を見てようやく安心できます。
風冴ゆる中、いつもなら気絶しそうなほどの芳香トイレへ‥香りの強さは気温と正比例するのでしょうか。
室内は登山者で埋まり、お二階席も使用されるほどです。

室内温度計は氷点。タップリ着こんでも震えが止まりません。
レディ−スには失礼して乾こうとしないTシャツを着替えます。
ランチに頂いたうどん・甘酒と温かいものでようやく体温復旧工事完了です。
(11:10)〜(12:20)



 前日、山屋へ行きました。3万円のスノーシュー『高すぎ!高すぎ晋作』銀行ローンも借りられない身分なのでワカンを購入し今日持ってきました。

 天狗岩1171m、展望丘(キュウ)への行程に備えたのです。しかし、余りの寒さで行きたいと言う人は誰もいません。結局ワカンは未使用で下山です。





 藤原山荘の外では遮る峰がなく、風が自由に吹きすさんでいます。展望丘が向こうに見えますが、今は遥かな白の王宮です。

周囲の裸木には、拭き通う風の形に樹氷が付きました。美しい樹氷の雪森です。
今日の第一目的は、この光景を見ることでした。
欲言えば青空が背景に欲しいですね。






 でも伊勢海老ほど大きくなくても車海老エビほどの樹氷の「エビのしっぽ」が見えたのでオーライです。




 九合目展望地へ戻ると、往きより少し良くなり下界だけ望めます。『もっと眺望を!』樹氷はこの辺りで終わりです。
(12:45)


 女子が踏ん切り良く尻セードするので私も体験しましょう。前の人が滑り終わったら出発。両足を上げるのがコツです。

 カッパのまま滑りましたが、雪に隠れた小枝で生地が切り裂かれることがあります。スーパー袋を敷くとよろしいようです。

 歩くより早く楽チンに下山でき『楽過ぎ!楽過ぎ晋作』

九合目から降りるルートは、尾根筋を選択します。谷地は雪崩危険区域です。
道取りが正解だと八合目標識に出合います。
八合目からは、勾配がきつくなり尻セードは怖くてできません。
(12:55)




 快調に降り3合目を過ぎて4本爪アイゼンを外します。6本の方が良かったか?そして駐車場着、白い恋人とお別れです。
(14:10)そして


 左から乱丸さん、和たん、のこさん、私、mayuさん、ジオンさん、お世話になりました。また写真をありがとうございました。


東海岳行
   “白鳥湖” 

 長野県安曇野白鳥湖は、何年か前に新聞を見て知りました。冬、湖が白鳥で一杯になった写真は素晴らしく是非その時期に訪れようと思ったのです。たまたま昨年5月に安曇野へ行くことがあり下見をしました。そして8ケ月経ち白鳥の飛来情報を日々確かめ、1,000羽以上となったのでいよいよその日が来ました。

 長野自動車道松本インターの次の豊科インターで下り、料金所を出てそのまま道を1.2km直進します。「白鳥湖」の道路標識を見て右折、長野自動車道を潜り東進すると正面に光城山912mが見えました。(下左)白鳥湖犀川のダム湖です。そして道案内に従えば、未舗装の駐車場に着きます。(下右)



 そこには簡易トイレと白鳥観察館(下左)がありました。ここで白鳥カモの勉強ができます。白鳥が初めてここに飛来したのは1985年の大晦日。以来、26年間毎年54羽〜2,398羽が飛来し、約半年間越冬します。カモなど他の水鳥も4,000羽ほど飛来して白鳥の越冬仲間です。

 

 私達が訪れた日1/22(土)の白鳥飛来数は約1,000羽。(白鳥湖が500羽、下流の御宝田遊水池が約500羽)午後2時半ころ着いたのですが、かなりの白鳥は近くの田圃に食事に行っているらしく数百羽が休んでいました。餌は水田の落ち穂や野菜などです。

   

 カモは敏感でキツネなど天敵動物が近づくと即刻飛びます。白鳥は敏感さでは落ちるのでカモの反応で逃げるので白鳥カモはセットのようです。白鳥は数羽で飛びます。ホーホーと鳴きながら流れの中で体勢を整え仲間とタイミングを確認し合います。(下右)風上に向かい羽根を力強く羽ばたかせ飛翔。(下中)


 水鳥への餌やりタイムは、午前6時半と午後4時なので待ち時間があります。アマチュア・カメラマンとお話したり、岸を歩き鳥を観察して時間を過ごしました。殆どの鳥は自分たちの餌場に飛んで食事します。以前から来ている一部の白鳥カモが馴れて人間のやる餌を食べるようです。



 4時前に餌ハウスへおじさん(茶服)が原付到着。(下左)その気配でオナガガモが血相を変え歩いて来てトラロープへ向かってきます。(上左)おじさんが餌のコメを巻くと大騒ぎ。(上右)食べ終わったカモは川へ飛び去り、次のカモが地面の餌をついばみます。叔母さん(白服)も自転車でやってきました。


 二人で餌の籾米の入ったバケツを下げ水鳥たちに餌をばら巻く。(上中)バケツが空になると見物客が川に行き食パンをちぎってあげます。(上右)この騒ぎは30分くらい続き面白く、楽しくずっと見ていたのです。私も食パンをお願いして頂き少しあげました。



 安曇野
も凄いと思いましたが、何と山形県の最上川スワンパークでは1万羽が越冬します。

11.01.30(日)23:10