岳行ノート

南沢山・横川山 1564m・1620m/長野県阿智村

2011年3月6日(日)


横川山山頂より南方展望

左:雪のピークが富士見台1739m、右:恵那山2191m
尾根が、この横川山から「く」の字形に富士見台を経由して恵那山へ至っています。



 山仲間から山行のお誘いはとても嬉しいものです。参加の可否は1〜2ヶ月前にお問い合わせでいただきます。都合がつかないことはまずありませんので参加優先です。

 今回は2月の綿向山でご一緒したmayuさん&脱力登山家さんから山行日の4日前にメールを頂きました。お誘いの急行列車でももちろん乗車します。

 行き先は09年10月、紅葉が大当りした山です。冬期は登山口まで行けるかどうかの雪山になります。単独では行き当たりばったりになりそうなので助かりました。


 ところで横川山湯舟沢山の名もあります。長野側山麓には横川という地名があり、岐阜側にはクアリゾート湯舟沢があるので県により山名が違うようです。


 教科書は、風媒社刊「こんなに楽しい岐阜の山旅100コース 美濃(下)」です。
<駐車場>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動



駐車場→分岐11→中間点→沢ルート分岐→▲南沢山→▲横川山→▲南沢山→大岩→分岐15→駐車場

 ※赤線はGPS軌跡
■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前5時40分発  1℃晴れ
駐車場:午前7時45分着  0℃晴れ
往:2時間55分(以下、小休止含)
復:2時間05分
◆所要時間:5時間

 中央自動車道の園原ICで下り(横川峠経由の県道は3/25日迄通行止)清内路経由の256号線を走ります。

 ふるさと村自然園入口で左折し、園内を800m直進するとこの登山道案内。

 左折して橋を渡れば駐車場です。お二人にご挨拶し雪山準備を30分近くかけ、写真右の登山口へ‥

 最初から6本爪の軽アイゼンを装着しました。
(8:20)

 数分で分岐11ポイントに出て左折します。標識が取れそうなのが気がかりです。





 登山口からジギザグ道を40分歩くと分岐15ポイント。右折すると尾根ルートに乗り、次第に登山道の傾斜は増します。



 心強いものは、靴ずれにバンドエイド、冷えた体育館にスリッパそして雪道にアイゼン。凍てついた道もガシガシ歩けます。

右)モンベル製/雪玉が出来にくい。紐とチェーンで留める。
左)エキスパートオブジャパン製/紐で留める。





 急登が続き、ロープ場を過ぎてようやく中間点。アイゼンがなかったら来れなかったでしょう。風がなく、とても快適です。
(9:30)

そして広い台地状の林は、たっぷり日が差し込み雪焼け防止ローションとサングラスは必携です。
周囲は、気分の良いダケカンバ林。シラカバと同じ科目です。
しかし歌になるのはシラカバばかりでダケカンバの歌詞は聴いたことありませんね。




 少し降ると1414m標高点分岐です。沢ルートが登ってきています。ここから山腹道へと変わりました。
(9:35)



 道には壺が沢山あり注意しなくてはなりません。これはレベル60、私の股下くらい。ご同輩も復帰には難儀されたと思います。

 こんなオーマイガッの大壺を作るとの次の一歩は、疑心暗鬼になるでしょう。



 四季の移ろいって素晴らしい。この道が紅葉の時、歩いたことを思い出します。あの輝きをもう一度味わうには‥

 三人で富士見台〜南沢山の紅葉縦走を話しました。神坂峠から出発すれば5時間コースです。



 標高点分岐からは、ピークを避けた道で傾斜は緩やかでした。待望の第一山、南沢山1564m山頂到着。

 小休止後リュックをデポし、空身で次の横川山までピストンします。
(10:30)

視界が開け、左のピークは横川山です。稜線では強目の風が吹き抜けています。
山頂間の標高差は56mですが、一旦降るため鞍部から90mの登りです。



 笹が隠した山肌にウサギが足跡。雪山では安心して暮らせないでしょう。だからウサギは、夜寝てないから目が赤い。

 生命維持グッズは置いてきました。水は周りにいくらでもありますが、行動食をポケットに忍ばせれば良かった。 

思ったより登りが長く、若干シャリバテ気味で横川山登頂。
しかし、空中の展望台は360度、驚嘆の大パノラマです。
冬晴れの青を胸一杯吸いこむと北方に‥

左:南木曾岳1677m、中央奥の雪山連山が中央アルプスで左端麦草岳2721mから
木曽駒ヶ岳
2956mを挟み、右で一段と高見を見せる南駒ヶ岳2841m。
 そして連山右端、雪の薄い安平路山2363mへつながり、さらに尾根はくねりこの山頂へ辿り着きます。


東方には、長野・静岡県境の南アルプスが遠望できました。
左:赤石岳3120m 中央:聖岳3013m 右の雪山:上河内岳2803m、ここは全部未踏の地。
手前の黒いピークは、清内路の梨子野山1314mです。





 展望に満足したら、帰路はお楽しみ尻セードでスピード下降。南沢山から28分で来て23分で戻る。大して変わらんか‥




 南沢山に戻り、風を避けた窪地でランチです。歩き汁で濡れた身体は冷え、ご馳走になった豚汁で命拾いします。
(11:50)〜(12:50)





 下山の頃になると雪が少し緩んできました。注意しないと登山道の壺穴に落ち、パニックフェイスになります。

往きに何故か気付かなかった登山道沿いの大岩に驚きました。
(13:20)


 下山の時、道を間違えやすいと思った分岐15ポイントです。中央左、木の根元に下の番号札があります。ここは左折。

 直進しても傾斜はありますが、キャンプ場の舗装道へ出ます。
(14:00)


 そして無事、登山口駐車場へ帰着。『お疲れサマージャンボ宝くじ』 あのお洒落なトイレは冬期使用不可です。アイゼン、スパッツを外してお二人とお別れの挨拶。思い出を詰めたリュックをラゲッジに収納したら雪のない道を下ります。
(14:20)



 (左より)mayuさん&脱力登山家さん、お世話になりました。ランチタイムで出合いのホットなお話を伺っていると枝の雪が融け、垂(シズ)り雪を浴びたのです。


東海岳行
   “国一沿いの世界遺産候補” 

 60数年前になりますが、のぶ君の幼いころは近くの川が遊び場でした。夏になると友達とヒンヤリ冷たい川に入り、魚やエビを捕って一日遊びます。やがて彼は古里を離れ、進学して就職先は海外勤務でした。30代半ばで国内勤務となり、久し振りに古里へ帰ると綺麗だった川の変貌に愕然とします。

 川岸の雑木林は切り倒され、工場の廃棄物が散乱し、ショベルカーが川底を掘り起こしていました。水道取水施設の建設工事です。『これは大変だ、古里が消える』 そこで遊び友達だった友人に声を掛け、のぶ君が中心となり川の環境保全を町に請願する運動を始めたのです。

 当時は日本列島改造論が一世風靡し、国土開発こそ生活向上と考えられ行政も住民も冷ややかでした。しかし、川は昭和60年環境庁の「名水百選」に選ばれ状況は一変。今では周辺の土地を買い上げるトラスト運動が行われ、95%以上の土地が開発から守られています。静岡県清水町の柿田川へ行ってみました。

      
  
 そこは公園として整備され、観光バスも停まる無料駐車場があります。絵地図を見て最初に湧水第一展望台へ向かいました。川床の灰黒色の砂地(湧き間)で砂を噴き上げながら湧き出ます。[↑]ここが1.2q長の柿田川源流です。信じられませんが、写真右上に国道一号線があり多くの車が走行していました。

 大昔富士山の噴火で流れた溶岩が、地下でこの地まで伸びています。富士山御殿場で降った雪や雨が、そこを通り永ければ数10年、40qの旅をし、地表へ湧水として現れるのです。100万t/日の湧水は、飲料・工業・農業用として30万t/日が利用される地域住民の命の水。残りは狩野川に注がれます。

      

 次は第二展望台へ歩きましょう。[↑]まず水の青さに驚きます。円筒形の筒? かってここにあった製紙工場の取水場の名残りです。名水百選の中でも柿田川湧水群は、高知県の四万十川と並び日本最後の清流と言われるほどの代表的な名水です。中国の観光客が来ました。[↑]富士山エリアは必須でしょう。

 [↓]公園には散策路があり、神社・湧水広場・噴水などを巡ります。湧水口は数えると数十か所あるようです。昨年9月ユネスコの諮問機関が、富士山周辺を視察しました。展望台にいた係りの人は『4年後には、ここも世界遺産になりますよ』と言われます。そうなるといいですね、期待しましょう。

      

 川を500m降った左岸に柿田川富士山を望めるスポットがありますが、この日は曇りで大スターは見えません。左のポスターが、そこから撮られた絵です。柿田川は以前から行きたかった場所で、念願叶いました。

 泉を想像していたのですが、広い川幅と水量に感動です。散策路を歩くと20分ほどで周ることができました。
11.03.08(火)19:45