岳行ノート

行市山〜柳ヶ瀬山 660m〜439m/滋賀県犬山市

2011年9月14日(水)


広大な玄蕃尾城跡

(柳ヶ瀬山北)



 琵琶湖西の高島トレイルは度々歩いています。新しく湖北にできた余呉トレイルを歩きましょうと「ジオンの山歩記」さんからお誘いいただきました。

 そのトレイルは、2010年1月に「中央分水嶺-余呉トレイル詳細マップ」(\800)が発売されたばかりです。ジオンさんが、地図を手に入れ山行を企画されました。

 今回は行市山(ギョウイチ)〜柳ヶ瀬山の縦走です。賤ヶ岳の合戦、古道、城跡など歴史薫る道をを9名のパーティで辿ります。


 余呉トレイルの詳細マップは、アウトドア・レクリエーション施設ウッディパル余呉にて販売中です。


 教科書は、山と渓谷社刊「新・分県ガイド 滋賀県の山」です。参考書は、「遥かなる稜線」で確認させていただきました。
<駐車場>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動


免受兄弟墓駐車場

林道横断

行市山

(ランチ)

倉坂峠

柳ヶ瀬山

玄蕃尾城跡

倉坂峠

柳ヶ瀬駐車場

      ↓(デポ車)

免受兄弟墓駐車場


 ※赤線はGPS軌跡
黄丸は分岐

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」



江  南:午前6時45分発  25℃晴れ
駐車場:午前8時25分着  28℃晴れ時々曇り 
往:1時間55分(行市山まで以下、小休止含)
復:3時間25分
◆所要時間:5時間20分

本能寺の変: 1582年6月21日、織田信長と長男信忠が重臣の明智光秀によって殺害される。
11日後、羽柴秀吉明智光秀を倒し、その2週間後には織田氏の後継者を決める清洲会議が開かれた。
柴田勝家
信長の三男信孝(25才)を推したが、秀吉が推す信忠の子秀信(2才!)に決定。

賤ヶ岳合戦翌1583年6月、織田政権内の主導権争いで柴田勝家羽柴秀吉賤ヶ岳付近で戦った。
勝家が形勢不利となり撤退するに当たり、毛受(メンジュ)兄弟が主君の馬標を受取り身代わりとなる。
兄弟は力を合わせ秀吉軍と奮戦したが打死した。その墓碑がある場所、毛受の森が今日の集合地です。

前説、長っ!






 登山口は東屋の左にありました。シシ囲いのフェンスから入山し、500mの標高を登ります。
(9:05)





 登山道は、地元の小学生の登山コース。時々の距離表示で励まされます。やがて鉄階段を登り林道を横切りました。



 歩く尾根道には、賤ヶ岳合戦柴田勝家の軍勢が陣取った砦跡が、5ヶ所点在しています。この小広場は別所山砦跡です。
(10:00)

 往時、ここから山頂までの尾根道は、馬も駆けた軍用道路でした。





 急登と30℃超の暑さで噴き出る汗。身体が溶けそうになり、凍ったペットボトルを頸動脈に当て汗を収めました。

雑木林を登り着くと南東に切り開かれていて展望が広がります。
中央は呉枯ノ峰532m、その右奥の低山が小谷山495m、下には細長い余呉町集落。
左端奥のなだらかなピークが己高山923m、右の細尾根に挟まれた余呉湖がほんの少し見えます。



 切り開きの奥が、行市山山頂で写真左奥に三等三角点。山名は、ここが戦国の豪族東野行一の城山だったことから。

 休憩できる木陰はなく、東へ向きを変え更に進みます。山頂から数十m、樹林に入るとすぐ‥
(11:00)





 分岐です。いい道が東へ降りていますが、それは林道に出る下山道です。この木立から左へ折れ‥





 ありがたくない笹藪へ突入します。でも降り道で踏み跡は足元にあり大丈夫。うつむき歩き14分で笹藪を抜けました。

 尾根道の適当な場所でランチにします。食事が終わる頃、クマ鈴の軽快な音が聞こえ…
(11:55)〜(13:05)

 福井のみれさん登場。私たちが下山する柳ヶ瀬山登山口から登ってきました。ストックの先に何やら汚い物体が?



 
 彼女は今年、白山大黒山(滋賀)などで熊に3度も遭遇したと話します。1頭は小熊ですが、いずれにしても震えたそうです。

 さて先ストックの先の物体は‥



 登山道に架かる蜘蛛の巣を払った成果物でした。このジョロウグモ(女郎蜘蛛)です。

 みれさんの腕をしびれさせる程、おびただしい数。お陰で私たちは快適です。感謝しなくてはいけません。『すみま千円』

休憩が要らない降り道で滋賀・福井の県境倉坂峠に到着。福井側では久々坂峠といいます。
ここにリュックをデポし、丸太の土止めがある所から登っていくと…
(13:55)





 ほどなくいい感じの桜並木の広い道。この右脇、笹の中に…





 眺望なしの柳ヶ瀬山山頂四等三角点です。ここから柴田勝家が築いた玄蕃尾城跡(ゲンバオジョウアト)まで歩きましょう。
(14:05)




 そこは賤ヶ岳合戦時の柴田勝家本陣です。南北300m・東西150mもあり、想像より大きく城がなくても感動します。
(14:15)
この城跡に石垣は無く、空堀を巡らし土塁が複雑に築かれています。
昔の人々は、北国街道(現365号線)沿いの柳ヶ瀬村から倉坂峠(久々坂峠)に登り
敦賀へ向う古道の柳ヶ瀬道をよく利用しました。

そのためこの地は城を築くほど重要な戦略的拠点だったようです。
眺望は行市山と同じ南東方面にあり、呉枯ノ峰532mが望めました。
城跡の北端まで行き余呉トレイルの道を確認しケーキ休憩。




 倉坂峠の福井県側には、天保の彫字があるお地蔵さん。明治11年、明治天皇が北陸行幸でこの道を通られました。
(14:55)





 峠からは山腹道です。この倒木を跨げられるか?どうも厳しいようです。やがて未舗装の林道に出れば‥



 柳ヶ瀬集落にある駐車場に到着。蜘蛛の巣掃い名人みれさんが、愛車を見てすっとんきょうな顔。『後部ドアが開けたまま!』
(15:35)

 キャラメルを紙ごと食べた様な小さなミス…でもないか。何事もなく何より。免受の森までデポ車で戻って『お疲れさまでした』
(15:50)
 左よりドルフィーさん、mayuさん、のこさん、福ちゃん、みれさん、ジオンさん、Kおじさん、乱丸さん、、、お世話になりました。(玄蕃尾城跡にて)

◆2009年6月の中日新聞:余呉トレイルについて‥
ルートは、余呉湖の北西に位置する行市山(659m)を基点とする「余呉中央分水嶺トレイル」(仮称)。北上してスキー場がある栃ノ木峠(538m)から福井県境に沿って東に進み、三国岳1209m)に至る。
ルート上には、ブナ林に代表される豊かな自然環境をはじめ、琵琶湖日本海を一望できる景観、賤ケ岳合戦(1583年)の際に戦国武将の柴田勝家が築いた砦跡など見処は多い。国岳〜夜叉が池〜栃ノ木峠〜柳ヶ瀬山〜行市山



東海岳行
   “こどもヤマビル研究会” 

 今年4月、桜が満開の暖かい日、鈴鹿雲母峰の山麓にある四日市市少年自然の家(下右)でヤマビル研究会<ヒル研>がスタートしました。企画コーディネーターの元小学校校長のポッサムさんのもと、参加したのは9歳から12歳までの自然大好きな子供たち12名のメンバーです。月1回研究会で夏休みは1泊します。

 彼らの応募動機は「自分の手で、ヒルに触ってつかみたい」「嫌いなヒルの弱点を見つけて、やっつけてやりたい」「一杯血を吸われたことがあるが、体の中はどうなってるのか知りたい」「自分の腕にヒルを乗せて血をすわせて、観察したい」と子供ながら中々根性あります。

 このヒル研「東海岳行:ヒルがイル」「ヒル下りのジョニー」プレゼント企画でお世話になっているエコ・トレード社のジョニーさんに教えて頂きました。ポッサムさんのヤマビル研究会のブログを見ると活動、研究内容が明らかです。発表された一部を紹介させていただきます。



ヒルは温度の変化にどこまで耐えるのか
高温限界は、40℃ということがわかりました。暑すぎるとヒルは死にます。低温は、20℃、10℃、5℃、0℃、-2℃と調査しましたが生きていました。10℃より低くなると温めてやらないと動き出しません。ヒルのお好み温度は25℃くらいです。

ヒルの生死の限界と食塩水の濃さの関係
水97.3gに食塩2.7gを入れると2.7%の食塩水となります。2.7%ではヒルは生きていますが、2.8%になると死にました。因みに人間の汗の濃度は約0.9%です。

ヒルの吸盤の吸引力と伸張
なんと自分の体重の250倍くらいまでは持ち上げることがわかりました。
・縮んだとき       0.6cm
・自分で伸びる      3.5cm(約6倍)
・無理にひっぱる     5.0cm(約8倍)



       <集合写真>                       <研究会>


 ジョニーさんからお誘いを受け、私も研究会を拝見させていただきました。採取したり、解剖したり、吸血させたり…子供たちは、ヒルを瓶から取り出すのに指で平気でつまみます。驚くことに自分の身体に吸血させている子供もいます。腹一杯にさせるためは、数時間我慢しなくてはなりません。

 実験用のヒルが足りなくなったのでジョニーさんが採りに行こうと言います。『拙者は、ご免こうむります』と喉まで出かかっていますが、熱心な子供たちの手前、口が裂けても言えません。車で宮妻峡へ行き、沢近くの落葉の登山道で採取します。ジョニーさんも何気なく手で摘んで瓶に放り込みます。

 私は完全にビビり万太郎。何とかピンセントで摘みますが、その間も足元の視線は外せません。『それ小さ過ぎるからやめましょう』と言われ、折角とらえたチビヒルですがピンセットを振って離します。7匹程採れたので車に戻りました。ドアを閉めてやれやれと安堵すると親指にさっきのチビヒルが吸血中『ヒャー』



 <解剖>                <吸血中>               <交尾中>(シャーレ下より撮影)


 吸血すると最長2年間も絶食に耐えられます。研究会の満腹ヒルは、2週間くらいで目出度く配合行為(上右)を2匹でしました。そして出産、(下写真)1cmくらいの2個の球体が卵です。フワフワの透明なハチの巣状の皮膜に守られ「森の真珠」という人もいます。直径1cm強の卵から1〜8匹生まれ孵化まで1〜2ヶ月必要です。

 子供たちは研究会が終わると少年自然の家の大門池でカヌー遊びしたり、夜は池畔でテント泊して星空を見たりと元気一杯です。ヒル研は9月に発表会がありましたが、まだまだ続きます。



 <森の神秘:ヒル卵>        <大門池>               <テント泊>

11.09.18(日)20:50