岳行ノート

十二ヶ岳・原山〜松倉山 1327m・904m〜857m
岐阜県高山市

2012年9月5日(水)


松倉山城址から乗鞍岳 -下は高山市街中心部-

右奥が乗鞍岳剣ヶ峰3026m
左奥で頭をモッコリと出した焼岳、その中尾峠へここ松倉城から城主三木秀綱は落ちます。




 「ジオンの山歩記」さんから短時間で登られる               <駐車地>
十二ヶ岳
をお誘いをいただきました。高山の山を登るなら、これはいい機会です。

 先週の焼岳下山道に秀綱神社があり、高山の松倉城城主三木秀綱が祀られています。その城址のある松倉山も登りたいと申し出ました。

 ネットで調べると原山〜松倉山の周回コースがあります。見所もあり、2ヶ所を巡ると丁度いい山遊び時間です。


 東海北陸自動車道の飛騨清美インターで下ります。高山へ無料の中部縦貫自動車道で走れば、国道41号線まで延伸していました。国道158号線で東進、し荒川家住宅を過ぎ左折して橋を渡ります。

 T字路を右折し伊太祁曽神社(イタキソ)を過ぎて左折すれば、林道の道標が十二ヶ岳への道を知らせてくれます。4kmほど走ると八木原林道分岐の駐車地です。


 教科書は、山と渓谷社刊(旧)分県登山ガイド 岐阜県の山」、高山市の合併記念公園整備のPDF原山市民公園エリアです。



 八本原林道分岐の駐車地

登山口

稜線分岐(鳥居)

十二ヶ岳

ブナ林

北アルプス展望台

十二ヶ岳

八本原林道分岐の駐車地


 ※赤線はGPS軌跡  ※●は分岐点

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」



江  南:午前5時15分発  晴れ/26℃
駐車地:午前8時05分着  晴れ/20℃ 
往:50分(小休止含)
還:1時間05分
◆所要時間:1時間55分

 「十二ヶ岳登山口」の標識がある分岐手前の路肩に置車し、左の道を辿ります。この先も車の走行が可能ですが、車体横腹にかなり痛みを残しそうです。
(8:15)

 途中、ゲートがありましたが開いていました。さらに歩き続けると尾根端の斜面に道標が立っています。と広葉樹が覆う林間の登りです。
(8:40)




 やがて主尾根の分岐点に出て右折。そこに鳥居とブナの御神木があります。擬木階段で30mほど高度を上げると‥
(8:50)
 山頂三等三角点山頂。笹山神社の社と望遠鏡のある展望台、日時計とまるで公園のよう。
(9:00)
笠ヶ岳穂高岳が間近で飛騨の展望台と言われるほど好展望だそうです。でも今日は残念賞。西には高山市街、左奥に位山1529mが望めました。
 十二ヶ岳の名は、飛騨を取り巻く12の名峰が眺められることという説があります。日時計の周りには、御嶽山、乗鞍岳、焼岳、前・西・奥・北穂高岳、槍ヶ岳、笠ヶ岳、黒部五郎岳、薬師岳、白山の名と各々の山から採取した石がはめ込まれています。

山頂に「北アルプス展望台→」の道標があるので行ってみましょう。
東へ降るとブナの自然林、気分良く歩け、少し登ると‥
伸びた樹木のガッカリ展望台で乗鞍岳の威容は望めません。
(9:05)

同じ道を戻り、駐車地へ還りました。
高山市へ走り、二番目の山を目指します。途中‥
(10:10)





 林道を下っていくと東に「飛騨のピラミッド」が見えました。『登山道あるのかな?』右奥は雲のかかった乗鞍岳3026mです。
原山市民公園駐車場→ため池→▲原山→金床岩→松倉観音→シンボル広場
→▲松倉山→飛騨の里北端→林道出合→芝生広場→原山市民公園駐車場

 ※赤線はGPS軌跡  ※●は分岐点

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」

十二ヶ岳P :午前10時15分発  晴れ
公園駐車場:午前11時05分着  晴れ/30℃


往:1時間25分(松倉山山頂まで、小休止含)
還:1時間10分
◆所要時間:2時間35分
<駐車場>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動



 駐車場は、原山スキー場だった原山市民公園です。2008年に88年の歴史を閉じた追憶のゲレンデ横から歩き始めます。

 右下の道標「原山遊歩道→」の先に綺麗なトイレ。暑くなってきました。ゲレンデ歩きは、残暑が厳しそうですが‥
(11:15)





 スキー場開発の時、伐採されなかった樹林の中に遊歩道が延びているので『ほっ』





 東屋を過ぎ、ため池の脇を通ります。突然、現れた林道を横断すると勾配がきつくなりました。丸太の階段道で汗をかき‥




 駐車場から270m標高を上げ、原山山頂です。バイオトイレがあります。眺望はよく山岳展望図には、白山から北アルプス。
(11:55)

今日、遠望は無理ですが、北西に猪臥山(イノブセ)1519mを望め、山頂左に電波塔も見えました。
写真中央、中部縦貫道路の白い橋脚が、トンネルを抜けてトンネルに入っています。
 山頂では容赦ない紫外線を受けていますが、里の濃い稲穂は秋の気配です。 




 暑さから逃れるため樹林に逃げ込みます。ほどなく金床型のかなどこ岩。左下のDolphyさんと比べれば大岩です。
(12:10)

道標に従い尾根をトラバースして降ると下方に露出した巨岩が密集しています。
その岩を利用して松倉観音堂は造られました。ここのベンチでランチにします。
1692年建立され、村人はここで養蚕の繁栄、牛馬の無病息災を祈願しました。
(12:15)〜(13:05)





 幟が凄い数なので8月9・10日の絵馬市は相当な賑わいでしょう。観音堂からは参道で緩やかなトラバースを降ると‥

 小じんまりとした松倉シンボル公園。東屋の眺望でひと息入れます。車道に降りると‥
(13:20)

 峠でそこには祠があり、そこから山頂を目指します。標高差60mなのでアカマツ林をひと登りすると想像以上の石垣に出合いました。

石垣を回り込むと二段になっていて上段が三等三角点山頂です。
広場の本丸城址からは、北アルプス・高山市街の絶景が楽しめます。(TOP写真)
松倉城は、三木良頼(ヨシヨリ)・長子自綱(ヨリツナ)により1578年頃築城されました。
(13:30)


1585年秀吉の命を受けた金森長近(美濃国生まれ)が攻め込み、高堂城にいた自綱は京都へ逃亡。
その息子秀綱松倉城で頑張ったが、裏切りもあり築城からわずか7年で落城。
彼は家族を連れ焼岳中尾峠から信州へと落ち、非業の最期を遂げました。





 「本丸跡」から降り、東へ進みます。右の崖には「旗立台」のこの奇岩。そこを過ぎると「井戸跡」「大手門跡」があります。




 分岐があり、東は「東照宮」、北は「武家屋敷(飛騨の里)→」の道標を見て北へ山道を降ります。沢沿いを進むと‥
(13:45)



 「飛騨民俗村・飛騨の里」に出てしまいました。敷地内に入ると入場料700円が必要です。お金は持っていません。
(14:00)

 できるだけ縁を歩き、松倉シンボル公園から下りて来た松倉遊歩道に出ました。


 林道の分岐にあった絵地図で帰路を確認します。周回のシメは遊歩道から約2km、城山林道歩きです。

※教科書にした「PDF:原山市民公園エリア」のルートでは、飛騨の里に出てしまいました。

※絵地図では「城跡→峠→松倉遊歩道→城山林道」となっています。




 旧ゲレンデの芝生広場が見え、林道を離れます。降れば左方が駐車場です。高山市の低山といっても厳しい残暑でした。
(14:40)


東海岳行
   “ただちに” 

 遠方の友より披露宴の招待状が届きました。出席して驚いたのは、彼が62歳、彼女が49歳のとき知り合い、その半年後に入籍というスピード婚をしたことです。披露宴で『できちゃった婚かい?』という半分ガチの質問が出ます。歳の差婚で興味深いのは、どう知りあったか、どちらが最初好きになったのかと尽きません。

 根掘り葉掘りの質問にも二人はきちんと答えます。来賓客から祝辞が述べられ『お二人のゼントヨーヨーの‥』祝辞の決まり文句ですが、友人が思わず『あいつの前頭葉がどうかしたのか』と突っ込む。この場合、当然『前途洋々』ですが私も首をひねりました。それは最近気になる新聞記事を読んだからです。

 我が国の「平均寿命」は、男性が79歳、女性は86歳ですが中高年なら認識しているでしょう。記事では、要介護や寝たきりで無く、自立して健康に生活できる「健康寿命」というのがあり、男性が70歳、女性は74歳です。噛み砕くと、男性は79歳-70歳=9年間、この期間は「日常生活に制約のある期間」になります。



 女性は13年間です。「日常生活に制約」とは歩行困難、寝たきり、認知症など私の周囲でも身近です。これからは年金がもらえる65歳まで定年延長で働き、その後は好きな事をして人生をエンジョイというのが標準的なセカンドライフでしょう。

 5年間、人生を満喫すると70歳で制約のある日常生活を迎えます。家族か施設のお世話を受けながら9年間を生き、戒名を頂き人生を終えるのです。何と衝撃的な! 70歳まで登山を続け、それからは平易なアウトドアの趣味に切り替えればいいかと思っていたのですが、まごまごしてられません。

 山へは70歳以上の方とご一緒することもあり、山でお会いすることもあります。70歳過ぎても登山は可能と考えていたのですが、良く考えると健康年齢の平均以上の方が登山に来られているのであり、平均以下の方は山へ来ることは困難でしょう。70歳を過ぎても少しは登山ができると考えていたのは甘かったようです。



 「日常生活に制約」のある男性が面倒を見てもらうには、深い愛情を持った歳下の奥さんが不可欠です。天寿を全うする前に、奥さんが「日常生活に制約」があっては、夫婦共倒れになります。歳の差は79歳-74歳=5歳以上です。

 しかし、奥さんは旦那さんの面倒を9年間見てほっとしたら今度は自分が家族の世話になるのです。何だかやるせない。こうなったら開き直るより仕方ありません。私の貯蓄額は平均以下ですが、寿命まで平均以下では不公平です。きっと神様は公平にされる。

 自分は選ばれた平均以上の属種で89歳まで生きらえ、健康年齢も平均以上85歳だと楽天的に思わなければやってられません。カラスの勝手です。ところで結婚した友人の話ですが、別の来賓者が哲学者の言葉を披露しました。『風立ちぬ ただちに生きよ』力強い言葉です。



 「風が吹いて来た、今日できることは今日しよう」という意味でしょうか。ならばスピード婚した友人は、えらい! したいことを延ばしている時間は無いということを彼は知っていたのでしょう。

 さて最近、ゆく夏にほころぶ身体で登山しているとセミが“キリョク・キリョク・・・”と鳴き立てているように聞こえるのは、このせいかな‥


健康寿命はWHOが、2000年から提唱している概念です。我が国では、2012年6月に厚生労働省が日本人の健康年齢を初めて発表しました。
12.09.11(火)13:50