岳行ノート

浄法寺山 1053m/福井県永平寺町 

2013年10月4日(金)


登山道 小さな秋を 拾いゆく 



 福井市の西、永平寺町の展望の山、浄法寺山に登ります。きっかけは、新聞でこの辺りの城巡りバスツアーの記事を見つけたことです。

 その内容は、永平寺町北の坂井市に建つ丸岡城などを見学し、昼食は谷口屋油あげを味わうというものです。

 お城は、日本最古の天守閣だそうでこれは見てみたい。谷口屋は、良く知らないけど山の近くなのでランチに寄ってみましょう。


 北陸自動車道の福井北インターで下り、国道416号線で東進します。九頭竜川鳴鹿橋で右岸に渡り
すぐ右折。道なりに進み集落内を走ります。


 教科書は、山と渓谷社刊「新分県登山ガイド(改訂版)福井県」です。参考書として多くのHPのお世話になりました。
<駐車場>
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大きい地図


青少年旅行村駐車場→清水小場分岐→▲冠岳→展望台→▲浄法寺山→ダム分岐→
びんつけ地蔵→ツツジヶ原→シシ岩→清水小場分岐→青少年旅行村駐車場


※赤線はGPS軌跡   ●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前5時25分発  晴れ/17℃
駐車地:午前7時55分着  晴れ/13℃
往:2時間15分(浄法寺山まで、小休止含)
還:2時間15分(ランチタイムなし)
◆所要時間:4時間30分



 案内板で確認し、浄法寺山青少年旅行村へ向いました。その駐車場は、どこに停めていいのかわからないほど広い。

 奥に管理棟があり、登山届を記帳しました。棟からさらに奥へ降ると‥
(8:20)



 すぐ清水小場(ショウズコバ)の水場です。ここで登山道は、北のツツジヶ原コースと東の冠岳コースに分かれます。

 教科書通りに前者は下山で歩き、登りは後者にしましょう。写真右へ進むと‥





 道は、階段交じりで中々の急登です。尾根に出て里の展望を時々楽しみますが、急登は容赦なく続きます。



 この展望は南に永平寺町の細長い農地が見え、その中央を左から右へ九頭竜川が日本海へ向かっています。

 有名な卍永平寺は、写真左から1/4ほどで向こう岸の山脈裏です。





 山頂に向かう尾根に上がり、右折すると縦走路に道標があります。ここも右折して一旦、縦走路を外すと‥

冠岳山頂。左写真は、里から見た冠岳、名前どおりの山容をしてます。
標柱の上のピークが目指す浄法寺山です。
左端は南丈競山1045m(タケクラベヤマ)、肉眼では山頂に避難小屋が見えました。
(9:25)

 登山道で小さな秋を拾いながら辿ります。(左)アザミのお婆さん。(中)イナゴのミイラが3匹付いたアキノキリンソウ  (右)幼木の秋




 龍ヶ鼻ダムへの分岐を過ぎて低木にブリキの案内板を見つけ展望台へ。南方面に眺望があります。
(9:40)




 尾根道はやがて豊かなブナ林となりました。こりゃ紅葉の時に来た方が良かったかなっと悔やむ。



 ちょっとした木道を歩き、補助ロープで登ると親切展望台の浄法寺山、二等三角点の山です。

 なお、ここから北へ1時間でお隣の南丈競山1045mですが行きません。ランチもしません。寄る所があります。
(10:35)〜(10:50)

展望台には、360度の展望絵図があって同定が容易です。西に日本海が霞んで見えます。
代表画像はやはり白山2702mでしょう。中央奥にあり、その稜線右のピークが別山2399m。

 下山でも小さな秋を拾い歩き。先週から新しいカメラを使っています。キャノンのデジカメです。逆光や明るさに差のあるシーンでもいいい絵で撮れ、技術の進歩を体感しました。やはり小さいのは楽です。でもマクロでピントがなかなか合いません。(左)イナゴ:おとなしい仮面ライダーでした。  (中)ヨメナ
          



 往きに歩いたかって知ったる道を足早に戻ります。冠岳以降は、初めての道です。
(11:50)

 緩い降りを行くと『素晴らしい!』 ブナの大木が、力強いフォルムで佇んでいました。
(12:00)



 伝説のびんつけ地蔵は、道の右斜面に祀られています。お地蔵は20cmほどで小さい。
(12:05)

※美青年に姿を変えた竜が見染めた娘の母にびんつけ油の製法を教えた。母に竜の姿を見られ、竜と娘は雲に消えた。

ナナカマドが登山道沿いの日の当たる場所に沢山沢山赤い実をつけています。
余り多いので鳥が食べないほどまずいのかと思いました。
調べると実は鳥類の食用となり、果実酒にも利用できます。





 そしてツツジヶ原の快適な稜線から下降します。これが‥
(12:10)





 岩のゴロゴロ堆積した道で登りにした方が良かったかと思うほど続き‥

ポイントのシシ岩に着き、この先で岩場が終了です。
「しし岩」とペンキ書きされても、ししに見えない。
降り初めにあった岩がスフィンクスみたいだ。→
(12:30)



 浄法寺山は、青少年旅行村の裏山ですが、展望が良く見所やブナ林があり、遠くまで来てよかった。

 歩きやすくなった道を降れば‥



 施設内の舗装道に乗ります。時々分岐に出ますが南方向の降りを選択しました。ほどなく管理棟が見えてきます。

 入室してノートに帰着時刻を記入。ご挨拶をして駐車場に行き、急いで着替えました。まず谷口屋に走ります。
(12:50)


東海岳行
  “おあげ” 

 青少年旅行村から麓に下り、九頭竜川を4kmほど西へ走ります。丸岡町上久米田の交差点で右折して国道364号線で山中を北進すると30分ほどで右に「竹田の油あげ 谷口屋」の大看板。車を停めレストランへ入ると客席は満席で10人以上並んでいる。みなさん、もう1時半ですよ!

 自然には囲まれていますが、お店の立地は商売上は決して好条件ではないと思います。ところがゴールデンウィークは2時間半並ぶ人気店です。私は30分待ちで席に案内され、太白(タイハク)おあげが1枚付いた越前おろしそば定食を頼みました。谷口屋は、大正14年創業の油あげ一筋の老舗。

 油あげ菜種油で揚げるそうです。太白おあげは栄養価が高く酸化しにくい胡麻油で揚げた健康志向の高級品とパンフに書いてありました。その大きさに驚きます。14cm四方、厚さ4cmのボリュームです。「揚げ師」が1枚のあげにつき約1時間、揚がり具合を見ながら手作業で100回以上ひっくり返します。

     

 運んで来た店員さんから食べ方を聞きました。まずはそのまま食べ、次は越前塩を振って、最後に刻みネギに大根おろしをおあげの上へ置き、醤油を掛けていただきます。大きいので箸で割かなければなりません。食べると揚げたてなのでとても熱い。塩が振ってあった方が味にしまりがあり、私好みです。

 両隣のおじいちゃん・おばあちゃんも『これは美味しい』『美味しいね』と笑顔。私ももちろん美味しくいただきました。油あげを食べると子供のころを思い出します。

 母は料理が得意でなかったので油あげは、いつもおこげつきでした。ところが私の記憶には、その苦味とパリッとした食感が母の思い出として残っています。



 遅いランチなのでデザートに本日限定100円とうふのソフトクリームまで食べてあ〜満腹だ。お土産売場へ寄るとおあげが3枚1200円の特価販売していて購入しました。家でおこげを付けて食べてみましょう。

 ナビをセットして坂井市へ20分走れば丸岡城の30分無料駐車場に到着。日本最古の天守閣とは全く知りませんでした。100m歩けば丸岡城敷地です。入城料は300円、長い階段を登ります。

 信長の命で1576年柴田勝家の甥勝豊が築きました。437年も前です。石垣は野づら積みという古い方式で隙間が多く粗雑な印象を受けます。戦国時代の城作りはのんびりしてやってられません。



 時間をかけて合わせ目きっちりの石垣を組むより短期間で作ることが優先されました。石垣の地震対策では、防御するというより揺れを隙間で吸収します。三層ですが通し柱はありません。屋根は全部石瓦で葺かれた古調に富む望楼式天守閣は、城郭建築の初期のものとうかがえます。

 階段は補助ロープが必要なほど急勾配です。(下左写真) 面白い資料が展示されていました。1695年の丸岡藩の人口は、城内が2579人・領内は19203人、12%が公務員。戸数は城内が444軒・領内が3660軒、(平均1件5.3人) 馬は城内が49匹・領内は1304匹。

 本多重次が陣中から妻に送った「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」の話は有名ですね。文中のお仙は、後の丸岡城の6代目城主本多成重のことです。書簡碑が石垣の東北端にありました。よく400年以上前の城が残っていたと感心したら、昭和23年の福井大震災で倒壊しています。

 
 
 

 その後、重要文化財に指定され昭和30年に修復されました。なんだかんだと見てたら時計は15時30分近い。もっと城周りを見てみたいけど戻りましょう。30分無料の駐車場に着き、精算ボタンを押すと『ありゃ!』 37分なので有料です。100円玉を入れるとき、ちょっと残念な気持ちがしました。

  
2013.10.07(月)22:50