岳行ノート

釜ヶ谷山 696m/岐阜県山県市 

2014年4月11日(金)


伊自良川より釜ヶ谷山




 予定していたサクラの山が満開にならず、急遽変更して8年ぶりの釜ヶ谷山に向いますた。こちらのサクラに期待したら運よく上写真のように満開です。

 以前、登った時は奥の院コースミゾレ林道コースの最短距離で周回しました。その時、湖畔で見た「案内図」に甘南美寺コースが描かれていました。

 いつか登ろうと思っていましたが、今回は往きにそのコースを辿ります。しかし「案内図」では登山口が甘南美寺の裏辺りで明確ではありません。


 ネットで探しても見つけることはできませんでした。登山口は、現地で探しましょう。そして下山は、山頂北の尾根を周る山びこコースにします。

 このコースの組み合わせなら中々のロングコース。気合を入れて出発しました。

 教科書は、山県市HP「自然・景観/釜ヶ谷山」のPDF「釜ヶ谷山概略図」です。
<駐車場>
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大きい地図


伊自良湖駐車場→甘南美寺→生産の森→奥の院→行者岩→▲釜ヶ谷山
→坊主ヶ池→人形杉→やまびこ小屋→赤谷の滝→伊自良湖駐車場


※赤線はGPS軌跡

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前7時45分発  晴れ時々曇り/8℃
駐車地:午前9時15分着  晴れ時々曇り/12℃
往:2時間55分(山頂まで、小休止含)
還:2時間45分(ランチタイム除く)
◆所要時間:5時間40分




 山県市の田園を走り、伊自良湖北端の駐車場に車を置きます。左上の釜ヶ谷山を目指します。

 
意外ですが、ここからでは山頂が釜の底に見えません。まず甘南美寺の参道に向かいます。
(9:30)

 鎌倉時代創建と伝えられる甘南美寺(カンナミジ)は、とても良い雰囲気です。左が本堂、右の伽藍の裏に回ると‥

 鳥居の後ろが登山口でした。登山道がカーブして右上の小さな祠へ登っています。
(9:45)




 明確な良い道でジグザグと急勾配の尾根を登りました。標高250m地点に「森林展示館→」へ降る道標があります。

 この分岐を降ると下山してしまうので、さらに尾根を登りますが、その前に‥

北東に鉄塔が見えるので行ってみました。桜で縁取られた伊自良湖がのどかです。
分岐へ戻り、トラバースの道で高度を上げます。
(10:05)

 350mピークにある鉄塔を左に見ると南への降りです。伊自良湖眺望の展望岩を過ぎるとこの峠に出ます。道標「ミゾレ林道へ下る→」方向へ‥(10:35)

 谷の踏み跡を辿るとすぐ「生産の森ひのき」の標柱。(これは振り返って撮りました) ほどなく谷から左尾根へ移ると爽やかな沢音が聞こえます。





 稼いだ標高を150m減らしましたが、清流のみぞれ谷へ出ました。ここの橋を渡り、奥ノ院コースを登っていきます。
(10:50)

しばらくトラバース道を辿ると伸びた樹木に眺望を遮られた展望台360mです。(11:15)
ミゾレ谷で失った標高を取り戻しました。ルートには石仏が沢山あり山岳信仰の歴史を感じます。




 やがて「奥ノ院」の石柱があり、倉庫のような古い建物とその上段にこの甘南備明神の祠。

 標柱には鎌倉時代初期にこの地に創建とあり、麓の甘南美寺の名の由来でしょう。
(11:35)





 進と登山道を巨岩が塞いでいます。行者岩です。左に回り込めば、難なく登られます。以前は伊自良湖も見えたのですが‥
(11:50)





 前回の記憶はなく、こんなに急登だったのかと首をかしげながらの喘登です。山頂かと思う騙しピークを過ぎれば‥




 二等三角点山頂696mです。春と言えど風は冷たいので右のログハウス千把小屋でランチタイム。

 戦前迄あった雨乞儀礼「千把焼き」から名付けられたようです。
(12:25)〜(13:00)




 この眺望も伸びた樹木で狭くなりました。左奥は百々ヶ峰418m、右が金華山329mです。

 小屋の後ろに道が延びていたのでコンパスで確認すると‥え〜、針が動かない!壊れています。GPSを電子コンパスにして‥




 千把小屋後ろの道ではありません。写真左の丸太階段で南から登頂しました。そこから左に直角に折れた所が下山口でした。

 こちらの尾根道は、それほど急な勾配もなく道は明確です。東に方向を変える曲折点も道なりでした。(13:30)

 尾根の右は植林、左は雑木林。しばらくすると尾根は急に拡がり、凹地にセメント色の水たまりが3か所あります。ここが坊主ヶ池です。(13:35)

 昔は大きな池だったたのでしょう。環境が変わり殆どヌタ場です。近づいてみると『お〜!』おびただしいカエルの卵。オタマジャクシの将来が心配ですね。

尾根道は6ヶ所のアップダウンがあって足に来ています。
斜面のタムシバヤマザクラを楽しみながら行くと立派な杉がそびえていました。

美山の民話になっているという樹齢400年「イネギの人形杉」 
どんな民話かわからません。イネギも不明です。
根元の石仏には、寛保三(1743年)の彫字がありました。270年前、これはすごい。
(14:15)




 大杉の先にテラスのある山びこ小屋が建っています。入ってテラスに出ると、前は立ち木で眺望はありません。

 この先、急斜面に強引に作られた稲妻切の道で釜ヶ谷へ降ります。
(14:20)




 昔、釜ヶ谷から北へひと山越えて美山町葛原へ行く生活道を利用してこの山びこコースは作られたそうです。

 その葛原地区には天狗ヶ城684mの登山口八月堂がありますね。しかし、この道は落石倒木で傷みがひどい。





 竜神コースとの分岐を過ぎると渓谷の遊歩道に降りました。両岸を渡り返しながら流れを追い楽しく歩けます。




 滝がいくつも現れ、これは落差6m赤谷の滝です。地形図では、山頂から東に降りる谷が赤谷となっています。
(15:00)

 渓谷遊歩道が終わると「雨乞いの森」の石碑があり、そこからは林道を歩きます




 伊自良湖に戻ってくると緑の頭と黄のくちばしが特徴のマガモが寄ってきました。今日はパンを持っていません。

 今月中に北の国へ渡るのでしょう。私もお家へ帰りましょう
駐車場着(15:45)


東海岳行
  “出雲のたたら” 

 昨年、20年ぶりの遷宮が行われた伊勢神宮と60年ぶりの出雲大社は、マスコミが取り上げ、旅行会社も盛り上げたため参拝客で大いに賑わいました。その混雑に恐れをなし、私たちは年が明けてから参詣することにしました。お伊勢さんは、は3/17の道草で紹介させていただきましたので今回は出雲大社です。

 出雲大社は、毛皮をはがれた「いなばの白兎」を助けた大国主神(オオクニヌシノカミ)が祀られ、縁結びのご利益があります。しかし島根県は遠い、我が家から500kmあり、車で7時間かかります。前日、宿に泊まり朝一番に行ったので日曜日でも本殿に一番近い駐車場に停められました。

 日本最大の社で参道は400mとスケールが大きい。しめ縄もデカク、4.m1.5t!(下中) 作る所、掛ける時を一度は見てみたいもんです。創建は神代と言われはっきりしません。伊勢神宮は遷宮後、天皇陛下が参拝されたのですが、出雲大社の本殿(下左)は、皇室といえど入れないしきたりです。
 

 <右が建て替えなった本殿>

<本殿の4mのしめ縄」>

<3本柱の跡>

 ところが60年に一度の遷宮費用は50億円もかかり、その費用はおかし金として天皇より出されています。それでも本殿には入れないのです。一説には大和朝廷が全国統一を図る時、出雲の国とは戦わず話し合いをして、大和が政治の世界をおさめ、出雲は宗教世界をおさめるという約束をしたといいます。

 大和はそのため、出雲のために巨大な神殿を作ったといわれます。その柱かもしれないものが、平成12年に発見されました。鎌倉時代のもので3m径3本柱、現在は本殿前にその跡が記されています。(上右) 84代続く宮司に伝わる設計図があり、柱跡はその位置が設計図と一致しました。

 設計図では、高さ48m・階段の長さ100mと巨大です。(下左) 昔の貴族の教科書に大きな建物として「1番東大寺大仏殿(高さ49m)、2番出雲〜」とあり実在していたのかと思わせます。 前夜、宿のおかみさんに教えてもらったのですが、『本殿は南向きですが、殿内の御神座は西向きなのでまず本殿正面で拝礼します。


<太古の社の復元CG>
<本殿西の拝礼場所>
<御神体の置かれる八角畳>

 その後、西側の神座正面で再度拝礼してください』(上中) さて伊勢神宮の御神体は鏡です。ところが出雲大社は、誰も御神体が何か知らないのです。謎のものに向かって拝礼するというしきたりが太古から続いています。でも御神体は向きがあることはわかりました。

 実は遷宮で60年に一度、本殿から仮殿に御神体を移す時があります。20人余りの神官たちが、御神体の入ったみこしを担ぎ引越しするのですが、重さがすごいようで階段を降りるのに必死です。その時、御神体の置かれていた八角形の畳は新調されます。(上右) 1mほどの大きさです。

 御神体の大きさはここに納まるものです。車に戻ろうとすると本殿西で人が集まっていました。神前結婚の新郎新婦が友人たちに写真を撮られています。行ってみると神楽殿(下左)があり、そのしめ縄は8m・4.5tと本殿よりデカイ! うっかり見逃すところでした。


<神楽殿のしめ縄 >
<銅鐸> 
<太刀>

 その後、出雲大社に隣接する古代出雲博物館へ行きました。近隣で出土したおびただしい数の銅鐸(上中)や太刀(上右)が並んでいます。館内にいたボランティアの老解説員と話をしました。直球で『出雲大社の御神体って何ですか?』黙ってしまいました。

 彼は、おもむろに『みこしを担いだ人が次第に重くなると言っていました』にわかには信じがたい現象です。『たたらって知ってますか?』『知りません』『あ〜そうですか』それで会話は終わり、謎かけのようです。私は帰宅して「たたら」を調べると大昔の初期の製鉄方法でした。

 映画「もののけ姫」たたら場の場面がありましたね。ところでたたらが御神体とどういう関係があるの? なぞは深まるばかりです。
2014.04.14(月)19:30