岳行ノート

ゼブラ山〜ゴマ石山 1776m〜1756m
長野県諏訪市
 

2014年6月29日(日)


レンゲツツジ燃える霧ケ峰高原



 6月29日(日)は私には、記念日です。「29日はニクの日?」違います。「休日割引50%OFF」の最終日です。7月からは残念の30%OFF‥

 これから高速走行の条件は悪くなるし、ガソリンは10週連続値上がりしています。そこで50%OFF最後の日、高速利用の遠出山行を計画しました。

 梅雨期は展望を期待できません。それならば花咲く山へ。車山高原は7月のニッコウキスゲが有名ですが、6月はレンゲツツジ咲き誇ります。

 7年前の7月、車山高原の木道を歩いた時、東の稜線を辿る登山者が見えました。調べると八島湿原〜ゼブラ山〜車山の縦走ルートがあります。


 当日は15時から雨予報。長野自動車道の岡谷インターで下り、国道142号線で和田峠へ走ります。そこでビーナスラインへ移り南下して‥


 教科書は、信濃毎日新聞社刊「信州高原トレッキングガイド」です。参考書に「諏訪市観光ガイド」を確認しました。
<駐車地>
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大きい地図 [+]詳細図、[-]広域図



駐車場→旧鎌ヶ池キャンプ場分岐→▲ゼブラ山(男女倉山)→▲山彦谷北ノ耳→▲山彦谷南ノ耳
車山乗越→車山肩(ランチ)→▲ゴマ石山→沢渡→旧鎌ヶ池キャンプ場分岐→駐車場


※赤線はGPS軌跡  ●は主な分岐点 ●はレンゲツツジ群落

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」



江  南:午前5時30分発  曇り/22℃
駐車場:午前8時25分着  晴れ時々曇り/15℃
往:3時間20分(車山肩まで、小休止含)
還:2時間20分(ランチタイム除く)
◆所要時間:5時間40分





 八島湿原バス停の無料大駐車場に停めました。すでに標高1646m。トイレ南側の隧道を潜れば湿原入口です。
(8:45)

展望台から見れば‥いいですねえ。七島八島、八島湿原は初夏の高原色です。
まず中央左のピークのゼブラ山へ登り、右へ山彦谷北ノ耳山彦谷南ノ耳と辿ります。
湿原から山彦谷南ノ耳まで標高差わずか200m。右奥で覗く富士山型山頂は蓼科山2530mです。






 気温15℃の爽やかな高原空気。湿原へ降り、北側の木道を歩きます。連なるトレッカーは、みんなウキウキ気分。




 湿原の鎌ヶ池を過ぎると木道が終わり旧キャンプ場の三叉路です。登山者が歩く右端(東南)へ私も向かいます。
(9:15)

 鹿防護柵を開閉し、その先の案内パネルに従い左折して登山道へ入りました。




 低い笹を分ければ360度好展望のゼブラ山1776mです。雲が多いのですが、奥の台地状の山が百名山美ヶ原2034m。
(9:45)

 ここの山名は雪渓がゼブラ模様に残るからでしょうか? 昔は北麓の地籍から男女倉山(オメクラ)でした。
オメ何とかって言葉はここから来たのか。子供のころの謎が一つ解けてスッキリ。
稜線の道を進むと草原に紅い羊の群れ。『いいなあ』

この様な光景が見られるとは想像していませんでした。いや〜大感激です。
紅い羊っていませんので、これを何と形容したらいいのでしょう。言葉が迷います。
右端のピークが山彦谷南の耳、奥に車山山頂の気象レーダーが覗いています。




 やがて山彦谷北ノ耳1829mに登頂。東に蓼科山2530mですが、山頂が雲に覆われてしまいました。
(10:20)

 ここで『ヤッホー』したら山彦がするのでしょうか? しかし、なぜヤッホーなんだろう?と考えつつ、南の耳へ向かいます。





 昨日の雨でレンゲツツジの花は少々へたっているようです。身長1mの低木で、枝は太く短く陽光と湿度が好きです。

 野性味溢れる大型の花は、蓮華の花を想像させるのでレンゲツツジと呼びます。。






 第三山は、山彦谷南の耳1838m。ここは晴れてますが、奥の車山には雲がかかっています。右の草原にも赤い羊が一杯。
(10:40)

それは数えきれない‥




 稜線を南へ辿るとやがて夫婦岩車山乗越(ノッコシ)に出合います。左折で車山山頂ですが、空模様を考えカットです。
(11:30)

 ここを右折して木道に乗り、最初の分岐で左折して車山肩に向かいます。 

 木道から見るコバイケイソウが風に揺れる。左奥にもっと群生しています。
するとポツポツと来た雨を感じたのですが‥






 青空が見えるので高をくくっていたら次第に降りが強くなりました。堪らず雨カッパを着ます。




 ビーナスラインの接続点車山肩に着いても小降りの雨はあがりません。取りあえずベンチで休憩。

 金のおむすび紅鮭・辛子明太子炙り焼を頬張り、速攻ランチしました。
(12:05)〜(12:25)

そして西のゴマ石山へ向います。
少し登ると北斜面にレンゲツツジが群生する撮影ポイントです。
カメラマンは、この雨で帰り支度中。ところが10分ほど歩くと雨があがりカッパを脱ぎます。






 どこが山頂かわからない広々としたゴマ石山1756mが第四山。三差路の分岐標から北東へ斜行して降ります。
(13:10)




 途中、登って来たカップルに『下方は岩が多く厳しい』のアドバイス。苔岩エリアで案の定、道を失います。

 大よその方向で行くと高さ1mの笹ジャングル。ズボンを真っ白に汚しましたが、登山道に戻ることができました。






 やがて沢渡(サワタリ)の車道が下に見えます。橋を渡り、左坂の舗装道を登ります。
(13:50)




 数分で未舗装道になり、旧御射山(ミサヤマ)の分岐。左折すれば八島湿原南側の木道に出ます。そこは7年前歩きました。
(14:05)

 今回は直進して湿原の東側を辿ってみましょう。結局、未舗装の車道が鎌ヶ池旧キャンプ場まで続きました。

 往きに歩いた木道を行くとハーフの兄弟が『ここもいる、ここも』と疑似木を指さしています。末娘のベティちゃんが、しゃがんでじっと見つめるその先に毛虫。大量発生したようです。駐車場に戻り、車中で着替えていると突然、バラバラと本降りの雨。天気予報で3時から雨だったのですが大当たりだ。
(14:45)

 
東海岳行
  道草セレクション“途切れない飲み物” 

 高校の同窓会案内の往復ハガキがきました。同窓生は、500人ほどいたと思います。誰が来るかミステリーだけど出席に○を打ちました。当日、定刻にホテルで受付を済ませ、会場の入口で来場者100名を見渡します。壁際に座る白髪のおじいさんが私の方に手を振っている。全然知らない人なので無視します。

 いつまでも振っているので、私は自分で自分を指差すジェスチャー。『うんうん』とその人が頭を振るので近ずく。彼が『入ってきたらすぐお前とわかった』嬉しそうに話すけど、私はわからない。『失礼ですがどなたでしょう?』と尋ねると『何言うとる、田光じゃ!』『え?どうしちゃったの田光』随分老けた。

 数十年ぶりに逢い、まじまじ上から下まで見ます。体はまだシュッとしているし、声や話し方は変わっていません。隣に座っている眼鏡の男が笑っている。『失礼ですが‥どなたでした?』『土田だよ』『え!何があったの?』頭も顔も変わり過ぎている。



 彼が『お前、変わらんな〜』と言うので『化学進歩さ。毛染めとヒアルロン酸注射のお陰さ』と私は冗談で返します。3人は、高校2年から卒業まで一緒につるんで遊んだ悪友です。今日は来て良かった。本当に良かった。彼らに一番逢いたかったのです。

 私たちは、堰を切ったように当時の数々のエピソード‥知ってることを話し、忘れたことを聞き出しました。その思い出話しは、まさに道草の宝庫です。今回は、その時よみがえったお話しです。



 田光君は、名古屋の山の手八事に住んでいました。高二の秋、中間テストが終わったとき、私は彼の家へ遊びに行く約束をしたのです。昼食を終え田光君の描いた地図を持ち、名古屋市南区の自宅から自転車で走り出しました。10qほどなので30分もあれば着く距離です。

 最後に坂道が多く難儀しましたが、迷うことなく玄関前に立つことができました。『田光く〜ん、あそぼ〜』と呼びかけると笑顔がドアからにゅっと出て『おう、入れや』と言います。(玄関がドアって信じられない!その頃私の住む集落は全軒、引き戸玄関)自転車を立てかけました。

 初めての友人宅に身も心も緊張する。彼が案内した玄関横の6畳の洋室に入りました。テーブルを挟み長椅子が2脚、向かい合って座る。『信じられん、応接間がある。さてはお前ち、金持ちだな』『何言うとる』しばらく落ち着かず声を落して話をしているとノックがして母親が入ってきた。



 『こんにちは、遠くから大変でしたねえ‥』田光君とそっくりの顔で笑い、お盆をテーブルの上に置き、皿に乗ったショート・ケーキやカップ、砂糖などを並べています。彼が『え〜わ、やるから』と母親を追い出す。『ハイハイ、ごゆっくりして下さいね』私はぺこりと頭を下げる。

 (信じられんケーキだ!ケーキはクリスマスにしか見たことがない)田光君がカップにお湯を注ぐと茶色い。『何これ?』『紅茶だ。砂糖いくつ入れる?』紅茶は飲んだことがないからいくつかわからない。『お前と一緒でいいや』とうまくさばく。彼はスプーンで3杯入れてくれた。

 甘い紅茶を飲み、ケーキをぺろりと平らげる。『これ美味いなあ。組み合わせがいい』またノックがした。母親がお盆を持って入ってきた。散らかした食器をお盆に乗せ、持ってきたお盆をテーブルに置き『ヒロくん、お願いね』といって退出した。そのお盆を見るとコーヒーとお菓子が乗っている。



 そのお盆を見るとコーヒーとお菓子が乗っている。コーヒーは知っている。『これ何というお菓子?』『クッキーだろ』『ふ〜ん』知らない。やがて私は、雰囲気にも馴染み、彼とバカ話しに興じる。

 二人で大笑いしてると、たちどころにコーヒー・セットは腹に消える。計ったようにノックがあり母親が、またまた入ってきた。手に持つお盆には、オレンジジュースとお菓子だ。(信じられない!ストローがある)我が家にはもちろんない。ジュースは、コップに口をつけて飲めばいい。

 母親が部屋を出た途端、親には絶対聞かせられない超アホ話しで二人は大笑いする。ストローでちょびちょび飲みながら話しをするのは、うっとおしいが仕方無い。いつか私は、心の片隅で母親のノックを待っていた。飲み干したタイミングで必ず次のノックが来るのだ。


 部屋のどこかに秘密の覗き穴でもあるのかと勘ぐる。次もやはりドンピシャで、カルピスとお菓子が届られた。『初恋の味がする』とおやじギャグを言いつつ飲み干す。次々出てくる飲み物やお菓子を不思議に思う。『田光家では、いつも家に飲み物やお菓子があるのか?』

 『いや、お前が来るというので母が用意していた』
再びノックがして氷を泳がしたコカコーラ・セットが登場した。一体何種類の飲み物が用意されているのだろうか?しかも各々にその飲み物に合うお菓子がセットされている。恐るべし母の愛。時間はすでに一時間以上過ぎていた。

 そして次の飲み物は‥お茶だった。豊富だったドリンク類もとうとうアイデアが切れたと感じた。ところが、お菓子ではなく果汁たっぷりの梨という変化球。それも食べ終わり『そろそろ帰るわ』と彼に伝えた。実は私には、帰らなければいけない急用ができたのだ。



 ところが、だめ押しノックで運ばれたのは、ちょっと小ぶりの湯飲み。母親が出て行ってから彼に聞く。『何これ?』『ああ、口直しのこぶ茶だ』『???』『さっぱりするよ』飲むとしょっぱい。我が家では『出されたものは全部平らげる』という家訓がある。私は今日出た飲み物、食べ物を一口たりと残していない。

 しかし、このこぶ茶はつらい。我慢して飲み干し『じゃあ、帰るわ』『ああ、また来いや』『‥お邪魔しました』と玄関から奥のお母さんに挨拶をして外へ出る。自転車に乗り見送る彼にバイバイをした。漕ぎ出してすぐ私は公園を探す。必死の公園トイレ。

 私の膀胱は、きっと金魚鉢のように膨れていただろう。暴発までカウントダウンが始まっている。若き美少年が、立ち●●はできない。しかしさすが大名古屋シティ。公園はすぐ見つかり、自転車を捨てる。白い陶器に全ての願いと望みを集中させると、我慢と暴発から解放された。


 ホテルの会場で『あの時、俺の金魚鉢が空になるのに5分はかかったんだぞ』この昔話を聞いた田光君は、腹を抱えて笑い転げています。

 『お前の話しは面白い。最後にちゃんとオチがある。昔と変わらんなあ』私がトイレを借りれなかったのは‥友人宅では恥ずかしかったからです。

 しかし、これは私が高校2年17歳の思い出。南区から友人が来ると息子に言われたお母さんのことを思い浮かべました。持て成すには、買い物に行かねばなりません。色々取り揃え段取りを考えるでしょう。そして私が来たらお湯を沸かし、飲み物・お菓子を持って行き、片付けや次の準備をしたのです。



 私がいた2時間近く台所で二人のためにタイミングを計り、一生懸命用意をしていたはずでしょう。耳には終始、息子と私の笑い声が入ってきます。子供の笑い声は親にとって嬉しいものです。私が帰った後、彼はお母さんに感謝の言葉を言ったでしょうか。多分、言っていないだろうな。高二の男子は親に気遣いしない。

 同窓会の後、神戸に住む田光君から電話が入りました。『お前のホームページ見たよ。お互いフリーになったら土田と3人で一緒に山登りしよう』『勿論いいけど、二人とも山登りできるの?』と確認します。

 『土田は名古屋の山岳会に入っているほどだ。俺は時々、六甲に登っている。その時は、名古屋の実家に帰るからそちらの山でいいよ』と約束をしました。登山の時は、彼を八事の実家へ迎えに行こう。そしてあの日の愛情溢れる素晴らしい持て成しのお礼をお母さんに言わなくては。

2014.07.07(月)19:25