岳行ノート

三国山〜大谷山 876m〜814m/滋賀県高島市


2015年4月29日(木・祝)


緑滴る百瀬川源流




 長男の久蔵から6回目の山行の誘いがきました。祝日昭和の日を希望しています。春爛漫の時期ならば、その雰囲気が味わえるコースにしましょう。

 以前、ジオンさんからお誘いを受け水曜会で湖北の高島トレイルを歩いたのですが、つながっていないルートがいくつかあります。

 その一つが大谷山周辺です。彼のため、少し欲張って高島トレイル東部の三国山から歩き始め、赤坂山、大谷山と西へ歩く縦走コースにします。



 高山植物、奇岩、ブナ林、雄大な琵琶湖の展望と春のご満足コースです。北陸自動車道の木之本ICからマキノ町石庭に走り登山口に車をデポ。

 教科書は、中日新聞社間「東海・北陸の200秀山(上)」です。参考書として多くのHPのお世話になりました。
<駐車地>
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(左図)黒河峠P→▲三国山→明王の禿→▲赤坂山 →栗栖峠→(右図へ続く)

(右図)→寒風→▲大谷山→白石平→石庭登山口

         ※赤線はGPS軌跡 ●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前5時30分発   晴れ/18℃
駐車場:午前8時15分着   晴れのち曇り/19℃
往:2時間35分(赤坂山山頂まで、小休止含)
還:3時間35分(ランチタイム除く)
所要時間:6時10分




 もう一台で石庭(イシバ)登山口から県道287号線へ戻り、9kmほど北上。黒河峠へ行く林道には深い凸凹がありました。

 峠の広場に駐車します。整備されたトイレ前が登山口です。
(8:30)




 自然林の新緑が爽やかですが、残雪をちょいちょい踏みます。東から南へ見晴らしの良い道でアザラシ岩に出合いました。
(9:00)

 このコースは、2009年6月に黒河峠〜明王の禿でピストンしていますの承知の助。






 しばらく登ると三国山湿原。6年前には、ここでキンコウカを見ました。5月では影も形もありません。
(9:15) 





 湿原から10分程で三国山分岐。掘られた登山道には残雪が深い。踏み抜きに注意して進むと道脇のトクワカソウが可愛い。

 やがて本日の最高点‥






 裸木に囲まれた展望のない三国山三等三角点山頂876m。東の乗鞍岳から来た高島トレイルの標柱が建っています。
(9:40)






 ピークハントを済ませ分岐へ戻り、先に進みました。新緑の下、雪は急速に溶けザラメ状です。ステップを刻むと‥

『お〜、すごい!』久蔵が驚嘆の声を上げます。今日の山行のツカミはこれでOK!
正面に奇岩明王の禿が迫り、岩が今にも崩れ落ちそうです。





 右から回り込み花崗岩のザレ場明王の禿790mに着くと360度のパノラマ。写真右、北西に望める赤坂山へ向かいます。
(10:35)

 50mほど降り、80m登り返せば‥




 赤坂山四等三角点824m登頂。ここも360度の大パノラマです。50人の団体が代わる代わる写真を撮っています。

 周囲には、お食事中の登山者。私たちもランチにしました。
(11:05)〜(11:30)

 山頂は、風化した花崗岩で出来ているので貧栄養、樹木は育たないようです。ランチを終え、山頂から降ると石仏に出合います。

 そこが栗栖峠。尾根を南北に辿る道と滋賀と福井を結ぶ道がクロスしています。大谷山への道は‥ 
(11:35)
 
高原状の広い尾根道でコブの登降を繰り返しました。相変わらず霞む琵琶湖の展望。
時々樹林帯があり、林床にカタクリが点在して周囲を明るくしています。
北を見ると、、、稜線の間から福井県美浜町の若狭湾が微かに望めました。




 寒風(サムカゼ)850mに着くと皆さん琵琶湖に向かってランチ中です。私達も1時間以上歩いたので長めの休憩を取りましょう。

 道標が日本語に英語、韓国語に標記されています。私は外国人のツアー客に出合ったことがありません。
(12:40)




 再び120m,緩く降り、70m登ると大谷山三等三角点814m。展望は勿論360度、写るのは琵琶湖北のマキノ町の里山です。

 マキノは牧野。大阪府に枚方市牧野があり、ここのマキノスキー場が関西の客に間違われないようカタカナ地名にしました。
(1:20)〜(1:35)





 マキノ町メタセコイア並木をズーム。直線2.4kmに500本がひたすら並んでいます。34年前整備事業で植えられました。

 そこを初めてドライブした時は、感動したものです。




 山頂から10分ほど降るとカルスト地形白石平805mです。分岐標が建ち、左折して下山道へ。

 下山には、大谷山山頂から直接降る眺望コースもありますが、あえて大回りします。掘られた道には‥
(13:45)
イワカガミの葉が、たいへんな群生で続いています。開花期は、素晴しい花街道でしょう。
分岐から10分ほど尾根を降ると谷へ降りました。斜面上からブナの新緑シャワーを浴びます。
二つの沢が、写真左下で合流。春に諭された残雪が雫を落とし、沢が音を立ててかき集めています。


百瀬川源流でダイナミックな季節の転換を見られ大感激です。
『撮れない!この雰囲気は撮れない』と嘆く久蔵。
今だかって味わったことがない瞬間でしょう。大回りして良かった。
(13:55)

登山道が残雪に隠れているのでテープを探しながら歩き、渡渉します。






 谷から尾根へ登ると大谷山の南尾根(眺望コース)と合流しました。傾斜は緩みますが、掘割は深くなります。
(14:10)

 白石平分岐から100m高度が下がりました。新緑の勢いは増すばかり、でも登山道脇のイワカガミは葉を並べるだけです。10分ほど歩き‥

 標高が700mを切るとイワカガミの群生に出合いました。イワウチワもちらほら見られます。ルート全部が花街道ってあるのでしょうか。



 やがて人工林に入り25分ほどでフェンスゲートに出合い開閉します。石庭登山口を出た途端、久蔵はしゃがみこむ。
(15:05)

 彼の車に乗り込み、第一コマの黒河峠へ走ります。そこのデポ車まで10km近い距離です。


 3時間前、鳥の目線で見た樹高12mのメタセコイア並木。今日は色々な楽しみが抱合されたコースでした。『良かったなあ』

 7km走ると凸凹林道が厳しい。久蔵の車が底をこすりそうで停車。林道歩き残り3km。あの50人の団体とすれ違う。『どうも』
 
 林道の下方で団体のバスが待っていました。しかし彼らは降り、私達は登り。35分登って足がパンパンになりました。(16:10)

 
東海岳行
  “おたく、どーする?” 

 定年が近づくと『おたく、どーする?』と仲間の動向が気になるものです。その頃、70%の人が定年延長で勤め先に残りました。定年後でも家のローンや子どもの教育費が必要な人、勤めないとやることがない人、人それぞれの事情があります。年金だけで食ってじゃいけるけど、それではつまらないと誰も思っています。

 30%の人は何もやらないかというと、そうではなく例えば、、、自然が好きなAさんは、林業の資格を半年かけて取りました。テキストの講習、現場の伐採実技など中々大変だったようですが、生き生きした話ぶりが裏山四囲。私も40代の時、半年間休みをつぶしスイミングアシスタントコーチの資格を取ったことがあります。

 ところが翌年から年1万円の資格維持費を請求され馬鹿らしくて止めました。でも60代の人がプールでコーチしているのは見たことがありませんので結果的には良かったと思います。Bさんは、休日にするバイトの稼ぎをよく自慢していました。『何してるの?』何度も尋ねてやっと教えてくれた答えは、、、パチスロです。



 半日から一日、彼の言うお仕事では数万円くらいの稼ぎがあるそうです。何か特殊な技術や理論を持っているようで話を聞いてもついていけません。これなら趣味と実益を兼ね定年後は好きなだけお仕事をやれる。セミプロだ。

 Cさんも休日を利用して神主の資格を得ました。衣装とかグッズに先行投資がいるそうですが、その後は交通費だけが経費です。工務店とコネクションを築き、個人や法人の地鎮祭や棟上げ式、五穀豊穣の儀式などお仕事の面白い話を聞かせてもらいました。

 サラリーマンは歳をとると役職定年で肩書がなくなり頭を下げられる側から下げる側になります。ところが神主さんは歳を重ねた方が威厳や風格があり、ご祝儀を戴いた上、お辞儀までしてもらえる。いいところに目を付けたものです。そんな風に私が耳をジジャンボにしていたので友人がいいお仕事を教えてくれました。



 彼に指導してもらいある程度の経験と知識を得て、今ではそこそこのお小遣いになります。旅行に行ったり、エンターテイメントを楽しんだりできるのもその収入があるからです。彼は私に一言『誰にも言わないと約束してほしい』

 もちろんヤバイことではありませんが、だから他言はできません。収入は年金の減額が無く、税金の追加払いがない範囲内ですがそれで充分です。捨てる神あれば救う神あり、友人には感謝しています。さて私が一番感心したのはDさんです。

 彼はあるショッピングセンターで人を集め、細長いく膨らませた風船を器用にクルクル回し犬とかトンボ、花や剱などを作る人を見ました。瞬間ひらめき、すぐ専門書を購入し夢中で独学したようです。彼は結構、喋りがうまいのでこのお仕事には好適でした。



 最初は地元の商店街の催し物や子供会にボランティアで出演して腕を磨き人脈を作ります。定年した今では技術・話術も上達し、ショッピングセンターはもちろん講習までこなす風船職人になりました。収入はありますが、ビックリするほどではありません。

 小さい子供に『おじさん、また来てね』と言われるのが、無上の喜びだそうです。勤めとは全く関係ないことに目を向け、努力して、人を喜ばす仕事を身に付けるって素晴らしい事ですね。彼の名刺には、誇らしげに「バルーンアーティスト」と表記されてます。

2015.05.11(月)07:45