岳行ノート

             ダイセン 
大山  1729m/鳥取県大山町


2015年8月19日(水)


伯耆富士(ホウキフジ)

(西の溝口インターから走ると現れる)



 6月から続いた大阪出張が8月で9回を数え、これで最後になりそうです。そこで用事が終わったら鳥取まで足を延ばし百名山大山を登ることにしました。

 大山1729mは、中国地方の最高峰。南の裾野には西日本最大のブナの森が広がります。西から見るとTOP写真の伯耆富士と呼ばれる富士山形。

 北へ回ると北アルプスのような急峻な北壁の崖。2万年前まで活動した火山は、溶岩で出来たもろい安山岩に覆われ雪解けの5月は落石が続きます。


 コースは夏山登山道で山頂をめざし、北壁下の元谷を渡る行者コースで下山する周回です。前泊のため登山口近くの民宿の予約を取りました。

 何時着くか不明で素泊まりです。中国自動車道から米子自動車道へ移り溝口ICで下ります。教科書は、山と渓谷社刊「関西周辺の山250(改訂版)です。
<駐車場>
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大きい地図



民宿駐車場

阿弥陀堂

六合目避難小屋

頂上避難小屋

△弥山

石室

行者別れ

元谷

大神山神社奥宮

金門

大山寺

民宿駐車場


※赤線はGPS軌跡
●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


民宿:前日の午後7時00分着    曇り
民宿:午前7時05分発         曇り/21℃
往:2時間55分(山頂まで、小休止含)
還:3時間10分(ランチタイム除く)
所要時間:6時05分



 インターを下り、食料調達にコンビニで弁当とパンを購入。宿の大山館は素泊まりなら4000円(税別)です。

 標高775mなのでエアコン不要でした。翌朝、宿を出ると屋根の上に大山。お隣はモンベル大山店でした。奥へ進んで‥
(7:05)

 佐陀川に架かる大山寺橋を渡ると左岸に無料の南光河原駐車場。既に9割方埋まっています。

 その先の車道左に大山夏山登山道の標柱があり、階段を登りました。すぐの分岐を左折すれば‥

 後は一直線に夏山登山道が続きます。
巨木の参道を進むと阿弥陀堂分岐があり、寄り道してみましょう。
大山は、古来から山岳信仰が根強いところです。





 標高850mに阿弥陀堂。現存する大山寺寺院では最古の建築物です463年前、室町時代末期の1552年に建立されました。
(7:20)



 戻って登ると登山道周囲はブナ、ブナ。標高800m〜1300mはブナの森を行き、ずっと丸太階段、板階段で整備されています。

 〇合目の標柱が良い目標です。五合目行者別れの分岐ですが、そこは標高1300mでブナの森が終わります。



 やがて六合目になり、コンクリート製の避難小屋(右上)に着きました。麓の展望がありますが、ガスでくっきりしません。

 それでも北に日本海の海岸線や大山町の里山がかろうじてわかります。休憩しましょう。
(8:55)

そして周囲は1〜2mの灌木帯に変わり、展望の尾根道です。今も崩壊を続ける北壁が見えます。
中央左ピークは溶岩ドームの三鈷峰1516mです。上級者向けユートピアコースで登られます。
やがて七合目を過ぎた辺りから低木に変わり花も多くなります。(花写真は道草に)



 そして標高1600mの標識が現れると起伏の少ない草原です。私の好きな木道が、何百mも伸びています。

 30年ほど前、登山者の増加で土砂流失が進み悲惨な状態でした。そこで植生復元のため木道が整備されました。




 快適に木道を歩くと右に頂上避難小屋です。トイレ・売店もあ、お茶は550円でした。手前の石ころは「一石運動石置場」です。

 私もポケットから一個置きました。(詳しくは下段の道草で) 程なく‥
 木道終点に着きます。以前から最高点剣ヶ峰1729mへの稜線は崩壊し、縦走禁止です。2014年9月から弥山(ミセン)への尾根道も立入禁止になりました。(下左) このテラスには「大山頂上1710.6m」の山頂碑が設けられていますのでここで皆さんは登頂記念写真です。(下上:碑は中央上)

 早いランチにしましょう。民宿大山館で作ってもらったデカイお握り2個。御主人が『サービス期間で200円引します』と言われ450円でした。山頂は、平日でも大勢の人。百名山の人気はハンパではありません。気温18℃/湿度75%です。
(10:00)〜(10:30)




 南側の木道で下山します。周囲の「ダイセンキャラボクの純林」は日本最大で特別天然記念物。こんな低木でも樹齢300年。

 イチイの変種で3mの積雪に耐えます。この純林で昨年、驚きの大発見がありました。(詳しくは道草で)

 25分で木道右の石室に出合います。95年前の大正9年、地元の人が避難用として作りました。
(10:55)

 その反対側に梵字ヶ池(ボンジ)と地蔵ヶ池(ほんの左上にあるそうですが見えません) 昔から続く「もひとり神事」の聖地です。(詳細は道草)

ガスが無ければ高度感たっぷりな雄大な光景が見えたでしょう。
小学生の団体が次々登って来ます。林間学校でしょうか。
私の泊まった民宿にも5年生が何十人もいて男子も女子もハイテンションでした。当たり前ですね。



木道が終わり、6合目避難小屋を過ぎると行者別れの分岐です。ここを右折したいのですが「工事中」の看板。

 通行止ではないので工事に注意してくださいという意味でしょう。進みます。
(12:00)



 行者コースは急勾配。階段は足が横にしか置けないほどの狭さです。そしてブナの大木がボンボン立ち並びます。

 10分ほどで登山道を修繕している工事現場。皆さんお昼を食べて休憩中です。会社名「泣_イセン」ってそのまんまですね。

昭和12年に作られた行者コースは崩壊などで荒廃したため、昭和63年に今のコースが作られました。
やがて樹林帯を抜け元谷の大堰堤上に出ます。
振り返ると北壁から岩の川が流れ落ちていることがわかります。
(12:35)





 右岸に渡り「行者登山口」の道標を見て、登山道へ入りました。根元の曲がったブナの横を歩き谷を降ります。



 やがて大神山神社奥宮(オオガミヤマ)に出合いました。大神山大山の古名。神社は国の文化財で210年前の建立です。

 写真一枚では表現できないほど壮麗で、表裏が逆の「後向き門」と呼ばれる神門も立派でした。
(13:05)

 奥宮から大山寺入口まで700mにわたって続く「日本一長い自然石の道」。約200年前に作られ別名「御幸参道」と呼ばれ大山の象徴です。その途中に‥

 「金門」道標があるので河原へ降ります。広い佐陀川が急に両岸の大磐岩で狭められていました。流れは滝となり、向こうへ落ちています。(13:15)



 そして大山寺。奈良時代に開山された古刹です。昭和3年に4度も火災に見舞われ本堂は昭和26年に再建されました。
(13:30)

 この門をくぐって参道を降れば、民宿の駐車場です。さて着替えたら我が家まで412kmの爆走。6時間はかかりそうです。
(13:40)

 
東海岳行
  “大山だい、大好きだい” 

 大山は、東西南北見る方角によって同じ山とは見えないほど姿形が変化します。西からの姿は、TOP写真で紹介しました。綺麗な三角形で霊山と崇められことに納得です。南は広大なブナの森が広がっています。(下左) 明治以前は、入山が禁じられていたため古木がそのまま残りました。

 しかし、生い茂るに行く手が阻まれるため、冬、2mを超す雪が積もると森に入られます。森を何十年も調査している人の話では、今まで幹周り3m以上の巨木のブナに250本以上出合ったそうです。そして北から見ると崩壊が続く山壁は、稜線は歩けないほどです。(下右)

    

 ◆さてレポの「一石運動」のことです。34年前、山頂は多くの登山者が訪れ、禿山になってしまいました。(下左) そこで地元の人たちが緑を取り戻そうとこの運動を始めます。登山者が1個づつ石を麓から山頂まで運ぶのですが、もう30年も続いています。凹んだ個所に石を埋め込み土壌の流出を防止。

 植えた苗木は、ムシロを引いて守ります。その努力の結果(下中)のように緑が蘇りました。登山口に沢山の小石が置かれているそうですが、私は見つけられませんでした。 ◆「もひとり神事」は、毎年7月15日の午前1時、多くの信者が大神山神社奥宮を出発。暗闇に登るのは神様の目に触れないためです。

 明治以前は、入山禁止なので一般の人はこの時だけ登山を許されました。「もひ」は水の意味で山頂の梵字ヶ池から水と薬草を持ち帰ります。千年も続いていている神事です。 ◆2014年7月の夜、山頂に広がる「ダイセンキャラボクの純林」で驚くべき発見がありました。



 陸生のヒメボタルの生息が確認されたのです。日本一標高の高い所に住むホタルでしょう。(←)

 ◆山岳信仰の大山には、山中に42の寺院が立ち並んでいましたが、今は7つまで減少しました。

 地形図の左上に記した圓流院も住職不在となり荒廃して廃寺の危機を迎えました。地元から寄付が寄せられ5年前再建。幕末の頃、絵師が住職を務め気さくで頼まれればその場で絵筆を走らせ人々に愛されました。



 そこで鳥取県出身の漫画家の水木しげるさんに天井絵を頼みます。『生涯1368枚の妖怪の絵を描いた。好きなだけ持っていけ』

 天井には、鬼太郎、目玉おやじ、大入道など108枚の絵が張られています。私も帰りに寄り道して床に寝転んでパワーをもらいました。

 戦後、大山の深い森を開拓してきた85歳のおばあちゃんが大山に手を合わせています。『毎日365日拝んじょる。大丈夫だから元気にしたげるからと言ってくる。ありがたいよ大山さんは』



(NHK新日本風土記より)
2015.08.24(月)00:30