岳行ノート

             ウツノヤ 
宇津ノ谷峠 162m/静岡県藤枝市


2017年3月29日(水)


東海道五十三次 岡部 宇津止山 <広重画>

江戸を立ち丸子宿(奥:静岡市)から難所の宇津之谷峠を越えれば岡部宿(手前側:藤枝市)
薪を運ぶ木こり、菅笠の旅人、昼なお暗く左右の山は急勾配、川の急流を段差で表現



 3月、三重県菰野町パラミタミュージアム広重東海道五十三次展へ行きました。宿ごとに保栄版と丸清版、併せて大正・平成の写真を展示。

 見終わるのに90分かかるほど興味深く、そこで岡部宿・宇津ノ谷峠を知りました。調べると峠には、明治・大正・昭和・平成のトンネルが並んでいます。

 古道蔦の細道旧東海道で旧跡を訪ねながら周回し、我が国唯一のトンネル群を見れば面白そうです。そして広重の描いた場所も確認したい。


 山友の岳魚さんをお誘いし、新車に乗せて頂き藤枝市へ走りました。国道1号線の廻沢口交差点から側道に入ります。

 「道の駅 宇津ノ谷峠」の駐車場を抜けて北上。1号線のアンダーパスを潜り、200m走ると‥ 
教科書は、「藤枝市観光ガイド」です。
<つたの細道公園P>
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大きい地図



つたの細道公園P→蔦の細道→在原業平歌碑→県道出合→宇津ノ谷地区家並→慶竜寺→
そば/きしかみ→明治トンネル→旧東海道→宇津ノ谷峠→峠の地蔵堂跡→明治トンネル→
つたの細道公園P→車→大正トンネル

※赤線はGPS軌跡 ●は主な分岐点


■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前07時35分   曇り/6℃
駐車地:午前10時45分   曇りのち晴れ
標高差:(70m→200m)130m
往:1時間45分(宇津ノ谷峠まで、小休止含)
還:35分(ランチタイム除く)
所要時間:2時間20分






 木和田川右岸にある広い駐車場に降り、置車しました。降り口まで戻り、遊歩道を東へ歩きます。その両側は‥
(10:50)




 つたの細道公園として整備され、川には石積の兜堰堤が8基。明治、この川で豪雨による大規模な土砂流が2年続きました。

 その後、オランダのデレーケ氏の指導で堰堤が築かれ、現在は登録有形文化財に登録されています。

しばらく歩いて木和田川左岸へ。その140m先で丸木橋で右岸へ渡り返しました。
そこから北へ登る急坂が「蔦の細道」。峠越のこの道は奈良時代に官道として開かれました。

平安初期の伊勢物語(歌人:在原業平)に登場する由緒ある古道です。
物語の一節に「道はいと暗う細きに、蔦かえでは茂り‥」とあり、ここから蔦の細道と呼びます。
素朴な石段をしばらく登り、空が開けると‥
(11:05)






 右に猫に見えない猫石。由来は昔、夜道を歩く旅人が、この石の近くでの鳴き声を聞き人家が近いと安心したので猫石です。
(11:10)






 みかん畑の端を登ると標高200m、市境の峠です。在原業平の歌碑が建ち、北と南西に近くの山並みが望めます。
(11:15)







 峠を越え藤枝市から静岡市へ。人工林を降下すると車の走行音が聞こえ‥






 車道に出合いました、左折して国道1号線に交差する高架橋へ向かいます。
(11:35)

本日の目的の一つは、明治・大正・昭和・平成、四つの時代に造られた四つのトンネルを見ることです。
高架橋下では日本の大動脈、国道1号線の下り(手前)と上り(奥)を途切れなく車が通行しています。

手前の平成22年開通した平成トンネル(手前)は、道幅11.25m、全長881mです。
奥の昭和34年開通した昭和トンネル(奥)は、道幅9m、全長m844mと小振り。
高架橋を進むとすぐ県道208号線に合流し、ほどなく宇津ノ谷地区の入口です。






 この地区には、旧東海道沿いに古い家並みが保存されています。道は秀吉が小田原征伐のために開拓しました。
(11:50)





 集落の中程で右折して440年前創建の慶竜寺へ寄り道。寺には、十団子の鬼退治伝説が伝えられています。

 「峠で旅人を捕まえて食べる鬼がいました。僧が現れ、鬼を小粒にして食べてしまいました」 豆粒くらいらしい。

 家並みへ戻ると外れにそば処きしがみがあります。十割そばの看板に惹かれ、ここでランチしました。せいろ¥840、長い極細麺は、素直な喉越です。
(12:05)〜(12:25)

 お店入口に伝説の十団子(トオダンゴ)が、ぶら下がています。昔は峠の茶屋で名物として売られていました。今は厄除けで食べないそうです。


道標に案内され、坂道を登るとトイレのある広場に出ました。ここで車止めです。
少し登ると旧東海道・宇津ノ谷峠の難所に築造された明治トンネル、道幅4m、全長203m。
人力で2年の歳月をかけ、明治9年完成しました。当時は多くの人馬が行き来していたでしょう。

しかし明治29年、照明用のカンテラから失火して木枠が燃え落盤しt通行不能になりました。
8年後にようやく修復されます。現在は、歩行者専用で国の登録有形文化財です。
ライダーは、トンネル前で愛車と記念撮影。古いトンエルは趣がありますね。
(12:40)




 明治トンネルを歩いて抜け、200mほど行くと旧東海道に合流。降れば駐車場ですが、是非とも旧東海道を歩いてみたい。

 鋭角に左折して旧東海道を歩き、宇津ノ谷地区辺りまで戻ります。その後、もう一度明治トンネルを歩くミニ周回をしましょう。
(12:50)






 弥次さん喜多さんも歩いた道。登ると藤枝・静岡の市境宇津ノ谷峠標高162mです。左(東)階段は満願峰470mへと続きます。
(12:55)




 峠から静岡側(北)へ降ると、すぐ峠の地蔵堂跡です。石垣上に江戸初期・中期、二つの地蔵堂跡があります。

 地蔵信仰は江戸時代、庶民の間で盛んになりました。往来の人々は、ここで道中の安全を祈ったことでしょう。

やがて宇津ノ谷地区が一望できる場所に出ました。往時を彷彿させてくれる景観です。
昔、旅人は集落に着くと峠越えが無事できてほっと一息ついたり、名物の十団子を求めたでしょう。
さらに降り旧東海道の静岡口に出たら右折し、もう一度明治トンネルへ向かいます。
(13:10)




 最初明治トンネルは、測量が甘く「く」の字に曲がっていました。初めて通行料を徴収したので通称「銭取りトンネル」

 失火後の改修で道は直線となり、内壁は耐火レンガを積みました。まるでタイムトンネルを歩く気分でひととき明治人。
(13:15)




 明治トンネルを抜けたら再度旧東海道に合流し、今度は真っ直ぐ南へ降ります。道の上に江戸時代から残るひげ題目碑

 碑に南無妙法蓮華経が髭のようにはねた書体で刻字されています。旅の安全と平和・豊作を祈願して建立されました。




 写真左上から旧東海を降りt遊歩道に合流します。おや、ここがTOP版画の広重が描いた構図の場所じゃないですか。

 描かれた急流木和田川は、右方で流れています。さて写真右下が駐車場です。車で本日まだ見ぬ大正トンネルへ走ります。
(13:30)

 国道1号線の廻沢口交差点へ戻り、右折して県道208号線で北上。数分でカマボコ型の大正トンネルです。

 大正15年着工され4年後に完成。道幅7.3m、全長227mで自動車が通行可能な規格です。現在でもトラックが通行可能です。

 時代により造られたトンネルが、一つの山に集まり今も利用されています。道路交通の歴史と発展を感じられる旅でした。

 
東海岳行
  “等身大雛人形” 

 大正トンネルの通り抜け後、折角の遠出なので藤枝市岡部宿に寄ることにしました。宇津ノ谷峠の西南2.5kmにある岡部宿「大旅籠 柏屋(カシバヤ)は県道208号線沿いです。江戸時代の宿泊施設で国登録有形文化財の史跡。2度も大火で消失し、1835年再々建された江戸時代後期の建造物です。(下左) 


 入館料300円で母屋の歴史資料館に入ると、ちょうど弥次さん喜多さんが到着したところでした。(上中) まず1階の台所(上右)、帳場、仏間などを見学。2階に上がると解説役のお嬢さんがいます。このとき、企画展「ひなまつり」を開催中で、まず等身大雛人形に案内されました。(下左)

 見ると大きな衝撃を受けノックアウト。こんなデカイの初めてです。市内で代々続く人形屋の職人さんが65才で作り始め、70才で完成させました。47年前の1969年12月です。お披露目に全15体を市内の体育館で段飾りで飾り付けました。その後、大きすぎて展示する場所がなく、蔵に収蔵されたまま40年近く眠ります。

 やがて岡部町に寄贈され、2007年に全15体が柏屋で公開され、日の目を見ました。これ、町の宝ですよね。



 衣装は西陣織で豪華な物です。一部は土で作られ、覗くと傷んでいます。修復できる人がいないので来年展示ができるかどうか。

 というガイドさんのお話です。いつか15体の段飾りを再現して欲しいですね。別部屋に行くとこれまたお宝。

 山内家 雛人形「御殿飾」も衝撃的です。京都御所内の御殿をジオラマにしています。(下右) 昔の人もこういう趣味があるのかと思いました。建物3棟、雛人形45体。収納箱に安政3年(1856年)と書かれ、161年前に京都で製作されたようです。 写ってませんが建物内部には、びっしりと雛人形が飾られています。



 また階段を上り下りする公家は、生き生きとした表情。御殿内から牛車の列を官女達が眺め、一人一人が実に個性的です。

 次に別室の展示品を見て、思わず『これ欲しいなあ』と口に出たのが下の写真です。昔の旅人の携帯品の数々。

 下左が「携帯用硯一式」(方位磁石・天秤ばかり) 蓋を閉じるとガラケイを開いたくらいの大きさしかありません。

       

 小さな硯や筆、蓋の上部に磁石、閉じると天秤ばかりの皿の上にピタッと収まり、職人魂をビシビシ感じます。上中は「紙算盤」 珠は紙、軸が糸のそろばんで蓋付。とてもナイスなアイデア商品です。上右は「持仏」(ジブツ) 旅のとき、個人の礼拝のため身近に置いたもので念持仏とも言われます。

 ポケットに入る大きさです。他にも裁縫道具、弁当用具、携帯日時計などが展示されていました。当時の旅支度は、想像以上に細心だったと教えられます。庭に出ると江戸・明治の蔵が建っていました。岳魚さんに勧められ、水琴窟を竹棒を耳に当てて聞いてみましたが、今まで聞いた物で一番いい音です。

 庶民の日用に心惹かれ40分ほど滞在しました。ところで‥入館料300円で大丈夫ですかね。

2017.04.04(火)00:25