岳行ノート

経ヶ峰2  819m/三重県津市


2017年7月2日(日)

笹子川コースの展望尾根


 今年も半分過ぎ、折り返し点です。しかし、梅雨期なので山行最適日が中々現れません。多少曇っていても四の五の言わず出かけましょう。

 津市の経ヶ峰は、比較的近場で気楽に登られます。登山道は多く、四通八達です。往路は、登山者が比較的少ない笹子川コースをとります。

 復路は北の尾根を辿り、嘉嶺の頭北笠岳の周回です。曇り空で遠望が利かなくても、変化があり楽しいコースを期待。


 
伊勢自動車道の安濃ICで下り、西進して錫杖湖へ走ります。ニュースでダム湖の貯水率がm16.7%と伝えていました。

 からっからのダム湖を右に見て笹子橋手前を左折。舗装林道で笹子川沿いに2.3km南下します。

 教科書は、山と渓谷社・刊改訂版「関西周辺の山250」です。三公社は、津市公式HP「経ヶ峰ハイキングコース案内」を確認しました。
<駐車地>
ドラッグスクロールで移動

大きい地図



駐車地


登山口

経ヶ峰

嘉嶺の頭

△北笠岳

林道出合

駐車地

※赤線はGPS軌跡
●は主な分岐点


■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」

nbisya
江  南:午前4時30分   曇り/24℃
駐車地:午前6時10分   曇り/25℃
標高差:(340m→819m)479m
往:1時間55分(経ヶ峰山頂まで、小休止含)
還:2時間55分(ランチタイム除く)
所要時間:4時間50分






 笹子第二橋手前の広い駐車地(左奥)に停めました。Y字分岐まで戻り、指導標「経ヶ峰登山道の右道を進みます。
(6:50)

 林道を25分ほど緩く登ると笹子川に2段の橋が架かっています。上の橋の右側に‥      (7:15)

 案内板「経ヶ峰登山道が立っていました。ここからは、未舗装の林道を左岸沿いに歩きます。






 やがて林道終点。そこに安濃ダム管理用の雨量計が設置され「経ヶ峰山頂の黄札が登山口を示しています。
(7:30)

奥へ行くとすっかり細身になった笹子川
これではダム湖を潤すのに時間がかかりそうです。でも左岸へ渡渉するにはありがたい。






 崖下に沢音を聞きながら、100mほど歩き‥

 現れた斜瀑に見とれました。ここを‥
 右折して植林尾根を直登。10分、空が明るくなり‥

伐採され展望の良い尾根に出ました。 気分良く登り振り返れば、復路で辿るスカイライン。
左端:嘉嶺の頭788m、右端:北笠岳767m、その右奥の尖峰は、錫杖ヶ岳676mです。
この尾根は、標高660mから760mまで伐採されています。上部は尾根合流点で‥







 そこを左折(東進)して植林の道を行けば‥ちなみに復路では右折(西進)です。
(8:20)







 立派な避難小屋です。ここを通り過ぎて行けば、程なく登頂前の登りです。

 さて山名は経巻を納めたことから経ヶ峰。大石で葺いた経塚が山頂近くに残るそうですが‥ここ?

 その上に経ヶ峰819m二等三角点山頂。四囲に広がる眺望は、好天なら絶景です。

木組みの展望台に上ります。本来は、伊勢湾まで遠望が利く一望千里です。
麓の美里町のゴルフコースさえぼんやりしています。ランチタイム、ていうか9時なのでモーニング。
そして来た道を戻り、尾根合流点に着いたらそこから西へ道なりに進みます。
(8:45)〜(9:30)






 植林の道を降るとやがて周囲に自然林も出てきて、そして急登です。丸太階段を補助ロープで5分頑張り、また若干登れば‥







 嘉嶺の頭(カレイノカシラ)788m・四等三角点です。眺望は良く‥
(10:35)






 南西に笠取山842m(写真中央)。手前はシーテックの風力発電機、美里町周辺で27基が稼働しています。






 南東には、一時間前に居た経ヶ峰山頂(二つのピーク左側)。左の緑地斜面が、展望尾根の伐採エリアです。





 嘉嶺の頭から5分ほど降ると尾根に北笠岳への案内板。そこを直角に左折します。すぐこのトラバースの道です。

 山腹を10分ほど辿ると鞍部に着き、そこから少し急登しなければなりません。

 そして北笠岳767m山頂。北に切り開きがあり‥
(11:20)

 尖峰の錫場ヶ岳676mが間近です。背後には、南鈴鹿の稜線。さて山頂からは、東尾根を降ります。

急降が待ち構えていて、ひたすら高度を下げます。
尾根芯の登山道は確保され、悩むことはありません。
ジグザグ・ルートではないので登りだときつそうです。





 尾根を外すテープの指示を見たら下山口は近い。左斜面へ降ります。下の林道、下山口に案内板がありました。↓(12:15)






 林道をしばらく降れば、樹間から車の増えた駐車地が見えます。この変化の多いルートは、退屈しませんでした。
(12:25)

 
東海岳行
  “止まる” 

 中学生棋士14歳の藤井聡太四段の連勝記録は、楽しみですね。28連勝の時は、それほどでもなかったのですが、29連勝をかけた対局は、当日どういう経過なのか知りたくなりました。夕方、実況か速報を見たくなりネットを探します。「アベマTV/将棋チャンネル」という無料のネットTVがライブ中継していました。

 つなぐと局面は終盤。大盤解説を聞きながら戦況を見守りました。彼は2枚と桂馬2枚で中央にいる王将を攻めています。は斜めに進み、桂馬は他の駒をジャンプして斜め左右に動く変わった進み方です。王手をかけると相手の王将が上に逃げ去るので彼は中々王手をかけません。

 『難しい攻めだ』 私は、直線的な飛車金・銀の駒のほうが単純で理解しやすいのですが‥桂馬の攻めは、私には展開を全く想像できません。『攻め勝っているかどうかよーわからん』 21時半ころ、藤井四段が自陣の守りに飛車を打つと増田四段『参りました』と投了。


 棋士は最後の詰みまで指さないので、その後、どういう手順で詰むのかさっぱりわかりません。翌日、加藤一二三九段が情報番組で解説してくれてようやく理解できました。さて国技の大相撲では、外国人力士が圧倒的に優勢です。

 我が国のボードゲーム「将棋」は、海外普及の努力はされています。現実には、日本人棋士同士で戦うのである意味ガラパゴス・ゲームかもしれません。ようやく今年2月、ポーランドカロリーナ女流棋士(26歳)が誕生しました。国際化はこれからですね。

 私が小学生の頃、将棋がマイブームになったことがあります。親戚が集まることが良くあり、子供達は、はさみ将棋・回り将棋・将棋崩しを楽しみました。小学生の高学年になると本将棋を覚えます。当時は安っぽい木の駒、印刷された紙の将棋盤ですが、子供には充分で縁台将棋を楽しみました。



 いとこで3つ年上のあっちゃんと対決。いつも軽くあしらわれコテンパーに負けていました。あっちゃんに何とか勝ちたい。腕磨きに弟と将棋しても弱い。父が将棋好きで時々、私の相手をしてくれました。

 しかし、歯が立ちません。そこで6年生の時、将棋の入門書を買いました。将棋には定跡があり、守りの型、攻めの型が解説されています。目からウロコ! 基本中の基本、守りの「矢倉囲い」「美濃囲い」や、攻めの「棒銀」「中飛車」など。本を片手に将棋盤で駒を動かし、夢中で戦術を覚えました。

 その努力は実り、あっちゃんと5分5分くらいの力量になります。自信を付けたので父と勝負。私が思いもかけず2連勝したので父はビックリ。多分、なめてかかり油断したのでしょうね。私は本を見せて『これで勉強した』と得意顔。父が『会社の休憩に仲間と将棋をするけど一度も勝てない人がいる』と言います。



 次の休日、部内で将棋大会があり、その人に勝てなければ優勝できないということです。その人の戦法は、いつも四間飛車オンリー。その攻め方は、幸い教則本に載っていました。

 そこで私が本を読み、父が盤の駒を動かして四間飛車の受け方、反撃の仕方を学びます。『なるほどなあ』 後日、将棋大会から帰ってきた父に『どうだった?』と尋ねると『優勝したぞ!』と笑い顔。『本の手順通りではなかったけど、すごく役に立った』 

 
そのころ新聞には、プロが対決する棋譜が毎日載り、それを呼んで楽しんでいました。また週一回、初心者用の詰め将棋も載っていましたが、これは解くことは殆どできないので答えを先に見ます。ところが私は中学生になると将棋を殆ど指さなくなりました。



 今回の道草を考えたとき、忘れていた父との将棋を思い出したことが、何よりの収穫です。ただ父は他界しているので四間飛車のことを覚えているかどうか聞くことが出来ないのが残念です。

 7/2(日)、藤井四段竜王戦で30連勝を目指しましたが佐々木勇気五段(22)についに‥藤井四段が、右手を盤上に出し持ち駒を捨てる仕草をして『参りました』と頭を下げる。すると佐々木五段も思わず同じ仕草をしました。普通は頭を下げるだけですが、注目の戦いに彼は勝利して高揚していたのでしょう。

 連勝が止まり残念ですが、これからも彼を応援していきましょう。ところで連勝を始めた第一戦では、藤井四段加藤一二三九段に勝ったわけですが、大相撲で言うと、新入幕力士が大関に勝ったようなことでしょうか? 将棋の段位って何でしょう。それが理解できないのであります。

2017.07.05(水)00:55