岳行ノート

金毘羅山 573m/京都府京都市


2017年11月9日(木)


三千院の往生極楽院

クイズ:三千院、ワンタン麺、新幹線、共通するのは?)



 京都は、東福寺高台寺など有名な寺社を筆頭に紅葉スポットか数多くありますね。しかし、私は一度も京都の紅葉観賞に行ったことがありません。

 何だか敷居が高い先入観がありました。また時期になると国内外の観光客が押し寄せ、大賑わいになるので敬遠していたこともあります。

 千年以上の由緒ある濃さ古刹は多く、そこにある紅葉樹も大変な古木でしょう。へたすると原生林の木より古いかもしれません。


 京都市郊外の紅葉名所大原三千院で雅な情緒を楽しんでみましょう。見頃情報が届いたので、大原の金毘羅山周回+紅葉観賞プランを作りました。

 ジオンさんの「水曜会」の皆さんと4人のパーティを組みました。教科書は、山と渓谷社刊「関西周辺の山250/改訂版」です。
<駐車場>
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大きい地図


民間駐車場→江文神社→展望台→▲金毘羅山▲翠黛山→寂光院→民間駐車場
[右端の赤線は、三千院の散策経路]

※赤線はGPS軌跡  ●は主な分岐点  CGは番号札


■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前6時40分   晴/11℃
駐車地:午前9時05分   晴/13℃(三千院)
標高差:(220m→573m)353m
往:1時間55分(金毘羅山山頂まで、小休止含)
還:1時間40分(ランチタイム除く)
所要時間:3時間35分
 山行前に大原三千院を訪ねます。一番近い駐車場は400円。150mほど歩き御殿門を潜ります。拝観料700円、客殿に上がり見学スタート。三千院は1200年の歴史を持ち、明治維新後に現在の地に移りました。
 聚碧園の庭園(上左)は有名な撮影スポットですね、小さくて可愛いわらべ地蔵(上右)は庭園、斜面、路傍、至る所におられます。苔に馴染んで時代を感じますが、まさかの平成作品です。   (9:05)〜(10:00)
 
苔の大海原に落ちた大量の紅葉が浮かんで風情があります。1時間近く広い院内で紅葉を愛でました。
隅々まで拝観するには、もう少し時間が必要ですが、山行に向かいます。
車に戻り、直線距離で700m西に移動‥

 県道108号線草生町バス停近くの300円民間駐車場に置車。車道縁の歩道を20分ほど歩くと‥
(10:20)

 江文神社バス停に着き右折します。ここから東海自然歩道です。200mほど歩くき、江文峠へ行く自然歩道と別れ、直進すれば‥




 郷社にしては立派な桧皮葺の江文神社。里の氏神様です。「好色一代男」にこの神社の「大原雑魚寝」紹介されました。

 節分に里の男女が集まり、灯りを消すと愛欲の雑魚寝。『え〜な〜』 明治に廃止されました。本殿の左の森から入山します。
(10:50)







 森の中は薄い踏み跡でテープを探しながら西進。程なく石段の続く参道に出会いました。







 番号札D番江文峠から来た道と合流点します。この先には‥ 







 むつみ地蔵尊。「睦む」は、むつまじくするという意味ですが? 「なかよし」という児童雑誌が昔ありました。







 数分、緩やかに登ると琴平新宮社に着きます。小休止して神社右の参道を辿ります。
(11:20)






 急勾配の石段になり、ジグザグを切ると尾根に出ました。山頂は左折ですが、リュックをデポして右折します。5分ほどで‥






 ロッククライミング・ゲレンデの展望台です。写真は、ハレーションを起こして見えにくいのですが、右奥は大比叡848m。
(11:40)

展望台は東に好展望で大原の里高野川の流れる田園風景、右は奥比叡の水井山794mです。
ジオンさんはここでアルパイン・クライミングの岩練を幾度もされています。高度差100mはあるでしょう。
『怖い怖い、恐ろしいですね〜』




 リュックを回収し、尾根を西北へ登れば、ピークに三壺大神。古くからここには、自然にできた石壺が三つありました。

 その三壺(火壺、風壺、水壺)に鎮風祈雨の読経修行が行われた場所です。1本立ててここから南西尾根を降ります。
(12:05)






 低山といえど侮れない険しい岩稜が現れる。高度を20mほど落とします。後ろの男性は登山を始めたばかりと言われました。






 登り返せば、大原の母なる金毘羅山573m三等三角点です。昔は江文山(エフミ)と呼ばれていました。眺望はありません。
(12:15)




 山頂から少し戻った眺望の良い岩場でランチします。
(12:20)〜(12:45)

 写真左の石柱は、教科書にハングル文字で刻まれたとありますが神代文字では?→

三壺大神のピークに戻り、北尾根を辿ります。
中々の激降りに迎えられ、ステップ選びは慎重に、、、




 やがて「大原10名山」の翠黛山(スイタイ)577m。平家物語に「翠黛の山、絵にかくとも筆も及びがたし」と登場しています。

 [翠黛:緑に霞んで見える山の色」 ここも樹林に囲まれ眺望はありません。ここからは、東尾根を降ります。
(13:20)






 すると最近の台風の爪痕でしょうか、倒木が多く荒れた登山道です。まだ新しい杉の葉や小枝が散乱しています。






 獣除けの網扉を開閉すると地形図にも描かれた長い石段です。そして静けさ一転。大原の観光スポット寂光院近くに出ました。
(14:00)

寂光院は尼寺です。594年の創建とはさすが古都の名刹、拝観料は600円也。
本尊は聖徳太子作と伝えられています。2000年に放火され、本堂は燃え本尊は損傷。
犯人は捕まっていません。5年後、本堂と本尊は復元され、鮮やかな彩色で地蔵菩薩は安置されました。

平家物語に登場する庭園「汀の池」(ミギワ)、「千年の姫小松」(火災で枯死)は当時の余韻を残します。
庭園には秀吉の寄進した南蛮鉄の雪見灯籠。写真右は、江戸時代建立の「諸行無情の鐘」です。
境内にはモミジの大木が多く立ち、カメラに納めてお持ち帰り。30分ほど滞在後、舗装道を降ります。
充実した山行ができ駐車場に到着(15:00)

 
東海岳行
  “くらしの今昔館” 

 たこ焼きマジックを堪能した後は、大阪くらしの今昔館へ行きます。場所は、梅田駅から1kmほど東の住まい情報センターです。8階が入口で600円の入場料を払い、大きなエスカレーターでまず10階に上ります。(下左) この仕掛けが、実に効果的で上がると大きな窓から実物大の大坂の町並みが鳥瞰できます。

 ビルの中に江戸時代が再現されていることに驚くと火の見櫓、物干し台を確認(下中)、、、おっと庶民が通りに集まっています。(下右) よく見ると自撮りなんかしている。階段で9階に下りれば、、、あら不思議??? 鳥瞰した町の中に出てまるで時間旅行した気分です。そこはなにわの町


 庶民と思ったら、殆どが着物を着た外国人。エキストラですか?と聞くわけにも行きません。(下左) 町には風呂屋、人形屋、本屋などが並び、商品もきちんと置かれています。(下中) 突然、雷が鳴り雨音がしたので商店街から奥の通りに移るとそこは、ささやかな6畳一間の長屋です。中には小さな土間。(下右)

 東京に江戸東京博物館があり、同じく庶民の長屋が復原されていました。発掘された素焼きの土製玩具が土間に置かれ、それを見て、私は嗚咽したことがあります。「道草:江戸東京博物館の涙」  ここでも往時の家族の様子を想像してグッときました。「♪狭いながらも楽しい我が家 愛の火影のさすところ」


 小金持ちの家は外にトイレがあります。(下左) 当然使用禁止、ここでしたら事件です。しかし外国人はこれを見て理解できるでしょうか。賑わっている一角がありました。(下中) レンタル着物屋さんです。1着30分500円でこのフロアーをそぞろ散策できます。それでゆかた姿の外国人が多かったのですね。

 グッド・アイデアと思います。券売機でチケットを購入して多くの人が順番待ち。つづいて8階は、明治・大正・昭和の近代大阪。その時代の暮らしぶりが、肌と心で体感できる展示です。雑誌や電化製品の実物展示、そして何よりも素晴らしいのが数々の大規模なジオラマです。


 団地(上右)、通天閣のできたとき、近代長屋、工場など匠の技で精巧に仕上げられて見入ってしまいます。時々、大仕掛けが働き、場面転換するので面白い。そして八千草薫さんが当時の生活場面を語り、そのシーン毎の人形が何よりも楽しい。庭先で素っ裸で遊ぶ子供達(下左)、繁盛する散髪屋(下右)

 テレビが来た日、おじいちゃんと子供が可愛く正座して画面を見ていますね。(下大写真) 何の番組でしょう? 家族が揃って笑う時、、、「シャボン玉ホリデー」ですか? めちゃくちゃ表情が生き生きしているので微笑んでしまいます。私の子供時代は、男3人兄弟でしたので心象風景が再現されたようです。


 この人形作家は誰なのか知りたくなります。出口に行くとお土産や記念品の売店がありましたが、これら人形のレプリカが売っていたら購入したいと思ったほどです。大阪くらしの今昔館を出るとき、とても幸せな気分でした。

2017.11.13(月)00:50