岳行ノート
     ギョウジャサン  ケンビ
行者山・剣尾山・横尾山 469m・784m・785m
大阪府能勢町


2018年4月1日(日)


大日岩の大日如来の像

(右に傾いているのは巨岩が動いたのか?)



 今年に入って分県別登山を続けています。岐阜県→静岡県→兵庫県→愛知県→三重県→滋賀県→京都府→石川県、そして9県目は大阪府です。

 大阪の天辺(最北)能勢町に関西百名山の剣尾山を見つけました。ここは以前、島田紳助が田舎暮らしをするため豪邸を建てて住んでいた所です。

 コースに修検行の行者山があり、行場巡りができます。登山口までドライブルートを検索。新名神高速川西ICを利用するルートが案内されました。


 昨年12月高槻JCT〜川西IC間が開通したばかりです。当然、愛車のナビには載っていません。間違えたら大変、高槻JCTを経由地に指示しました。

 教科書は、山と渓谷社刊「関西周辺の山250ベストコース(改訂版)」です。参考書に多くのHPにお世話になりました。 
<駐車場>

大きい地図




能勢の郷駐車場

登山口

行者山

月峯寺跡

▲剣尾山

横尾山

頂上広場

登山口
(再登山)

行者山

登山口

能勢の郷駐車場


※赤線はGPS軌跡
●は主な分岐点


■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前6時45分   晴/11℃
駐車場:午前9時45分   晴/17℃
標高差:(270m→785m)515m
往:2時間05分(剣尾山まで、小休止含)
還:3時間20分(ランチタイム除く)
所要時間:5時間25分(再登山1:10含む)




 新名神高速川西ICを下り、国道173号線で北上、能勢温泉へ走ります。手前にある能勢の郷駐車場に置車。

 我が家から3時間かかりました。ここは無料で9時〜16時30分利用できます。車道を歩き、登山口へ向えば‥
(10:05)






 15分ほどで剣尾山登山口です。辺りには駐車禁止札が建ちます。右後ろにトイレ有り。周回後、左の林道奥から戻ります。
(10:20)






 始まりは、丸太階段。10分ほど登ると「毛抜岩・毛抜塔」の私標杭があり、寄りました。(画像は、道草を参照くだされ) 

毛抜岩から数分で巨岩大日岩に出合います。
中央、白い岩肌に2m以上はある大日如来、江戸時代に刻まれました。(画像は、道草を参照くだされ)

 道は奥へ直進ですが、左の私標に気がつきました。
「←コノ奥 胎内クグリ岩、アリノ戸渡岩、西ノ覗岩」
こちらから行場巡りかと思い行ってみましたが、一つも発見できませんでした。『??』





 大日岩から数分直進して岩道を登れば本堂です。右はミロク岩で小さな祠に石仏が祭られています。

(この時は知りませんでしたが、実は本堂後ろに行場巡りの道がありました)






 岩道を登れば行者山山頂469m。案内板に「行場巡り1時間で一周」とありますが、省略しましょう。ひとまず山頂南へ行き‥
(10:50)






 東の覗きに寄りました。眼下は能勢町の山辺地区です。右に能勢の郷駐車場が見えています。背後は知らない山です。






 登山道を登り、三角点ピーク684mを右に巻くとやがて六地蔵に出合いました。ここから数分行くと‥
(11:45)、




 かって堂坊が達てられていた平坦な区画が現れました。礎石、石垣、井戸、池が残る史跡月峯寺跡(ゲッポウジ)です。

 平安時代の土器が採取されました。広大なエリアに往時は10数棟の伽藍が建ち、かっての隆盛が窺われます。
(11:50)

遺跡から5分ほどで剣尾山784mです。山頂は南北に約90m長の台状になっています。
四囲に展望が良く、大岩が点在してランチの好適地です。
(12:10)〜(12:45)





 北東の展望、宿野のダム湖の廻りに2年前、国内最大級のアウトドアパーク「冒険の森inのせ」がオープンしました。

 左奥は、丹波の半国山774mです。知りません。




 山頂から笹分け道を降ると国界石柱(大阪・京都)の辻です。明治10年の彫字が見られます。周囲は大阪府営林。
(12:55)

 ここに横尾山の指標があり、北西へ向かいます。松林を降り、登り返すと‥

 横尾山の北東尾根760mピークです。反射板が右奥に建ちます。左の国界石柱は、「摂津・丹波」の刻字がありました。                 (13:10)

 そこから南東に30分前にいた剣尾山が望めます。さて西南へリョウブ林の尾根を少し登れば‥

第三山横尾山785mです。本日最高峰で剣尾山より80cm、ちょっとだけ高い。
展望は今ひとつですが、北西にハゲハゲの深山(ミヤマ)791m。禿げた理由はゴルフ場です。
(13:20)






 横尾山から南方へ降ると尾根に露岩が目立ち出しました。行場のような雰囲気ですが、道筋はきちんとあり苦労しません。

 『ゲゲッ』 ジムグリが横切る。毒は無くペットショップで8000円程度で購入可能です。やがて登山道が終わると頂上広場。ここから能郷の郷まで何本もの遊歩道が整備されています。掲示された絵地図で確認、おにやんまの路〜小鳥のテラス〜ひと休み峠と尾根道を南下します。                  (13:55)




 遊歩道といってもほぼ登山道でした。露岩帯、伐採地、眺望と変化があり飽きません。そしてひと休み峠に着きました。

 ところが直進・右折は進入禁止のテープがあり、左折が必然で水辺の広場へ丸太階段を降ります。
(14:25)






 するとダムの岩谷池に出合い、横切って渡渉すれば林道に乗ります。
(14:30) 

200mほど舗装路を歩くと、右の案内板。
「行者山行場」
「烏帽子岩/不動明王座像」「辨天岩/弁財天女座像


これは行ってみなければなりません。右へ降りると‥
(14:35)
大護摩場の広場。烏帽子岩には、昭和10年(1935)不動明王が刻まれました。
正面右側の日が当たっている箇所です。
ここから奥へ続く踏み跡を辿り、沢を渡渉して川縁を登ると‥
 
 急勾配の道の上で補助ロープを設置中のお爺さんとお孫さん。『良くここが分かり申したね』『案内板を見てきました』 ここは弁天岩で江戸時代に弁財天女が刻まれました。(右画像) お爺さんは、行者巡りの守をされ、詳しいお話をお聞きしたので、もう一度、行者山で行場巡りをしようと思いました。   (14:40)

 行場巡りは1時間10分かかり(道草を参照くだされ)、閉鎖の25分前に駐車場着(16:05) 

 
東海岳行
  “行場巡り” 

 行場山一帯は、巨岩を行場に利用し、古くからその名で呼ばれます。奈良時代669年、役小角(エンノコズヌ)が、行場を開いたと伝わります。剣尾山登山口におおまかな絵地図が掲示されていました。(下左) 地形図にプロットしてみましたが、番号順に巡ったわけではありません。

@エボシ岩 前の広場は大護摩場。昭和10年(1935)に不動明王を刻む。(岳行ノート19コマ)
●護摩場 エボシ岩の前の広場。
A弁天岩 江戸時代(享保)弁財天女を刻む。(岳行ノート20コマ)




B毛抜岩・毛抜塔 
行場最初の岩、頭を丸め身を清めました。岩上に毛抜塔が建ちます。(下左)
C大日岩 
江戸時代に大日如来像を刻む。(岳行ノート4コマ)
●本堂(お堂) 
1712年建立、(エン)の行者・不動明王・理源(リゲン)大師を祭る。(岳行ノート5コマ)
●ミロク岩 本堂
前、弥勒菩薩を岩のひさし下に祭る。(岳行ノート5コマ)

 <毛抜岩・毛抜塔>
<爪刻行者>

<かねかけ登り岩>

D爪刻行者(ツメホリ) 役の行者が荒刻りにて自刻。(上中)
D(かねかけ)登り岩 昭和10年に備えられた鎖で5mほどの垂直岩壁を登る。(上右:鎖は左に)
●廻り岩? 22.5mの突き上った岩の下を一周する。お爺さんと会った弁天岩から200m南東の斜面に見える三角岩がそうだと教えてもらいました。探索しましたが不明です。(下右)


 <蟻の戸渡り>

<西の覗き>

<廻り岩>

E蟻の戸渡り 岩の上の外側を回る。(上左) 絵地図では縁が削られた岩に見えます。この岩に道らしい横筋が見えましたが、怖いので試せません。
F西の覗き 岩裾をのぞき見る。(上中)

●胎内くぐり? 岩窟をくぐりぬける。残念、未発見です。
●とび岩? 岩から岩へとぶ。ここにも昭和10年に備えられた鎖がある。残念、未発見です。
G東の覗き 地上18.75m。(岳行ノート7コマ)


H洞の不動 江戸時代、洞窟内に不動明王像を刻む。(上左:上中に像のアップ)
●理源大士 洞の不動の南岩面に理源大師を刻む。大師は貞観年間(859〜876)に登拝されました。(上右)

 絵地図では行場巡りは、以上17ヶ所です。残念ながら「?印」の3ヶ所が未発見で14勝3負でした。

2018.04.15(日)23:15