岳行ノート
八方池 2086m/長野県白馬村


2018年7月31日(火)


ガスに囲ま空中の八方池



 楽ちん登山の教科書「山頂駅からの山あるき」八方尾根が紹介されています。今夏の酷暑から逃れるため、2000mの高所へ行きましょう。

 八方アルペンラインで3つのリフトを乗り継げば、標高を一気に1060m上げられます。But,、江南から白馬村は遠距離で、前日安曇野に宿を取りました。

 久しぶりにひよこさんも一緒です。八方ゴンドラ駅770m/ゴンドラリフト(8分)兎平/リフト(7分)黒菱平/リフト(5分)八方池山荘1830m。



 八方アルペンライの料金は往復2900円です。途中道の駅白馬で、2610円の割引料金にて購入可能。八方尾根唐松岳2696mへ繋がります。

 でも今回は、尾根途中の八方池が目的地。高山植物に出会えるのが楽しみです。教科書は、るるぶ社刊「山頂駅からの山あるき」です。
<駐車場>

大きい地図



B有料駐車場→八方ゴンドラ駅→兎平駅→(上の地形図右端)黒菱平駅→八方池山荘駅→
第2ケルン→八方池→第3ケルン→八方池山荘駅→B有料駐車場

※赤線はGPS軌跡  ●は主な分岐点


■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


安曇野:午前8時00分   晴/24℃
駐車場:午前9時20分   晴/28℃
標高差:(1830m→2086m)216m
往:2時間05分(八方池山荘から八方池まで)
還:1時間50分(小休止含、ランチタイム除)
所要時間:3時間55分






 八方ゴンドラ駅近くの駐車場は、A・B・Cの3箇所(計155台)で1日600円です。私達は、Bに置車しました。ここは28℃。
(9:25)

 八方尾根スキー場八方ゴンドラリフトに乗り、8分かけて兎平駅へ。             (9:35)

 1400mの兎平駅は26.5℃です。白馬村を眼下にデッキで一休み。次の4人乗りスキーリフトに7分間。






 黒菱平駅に小さな湿原があり、遊歩道を歩きます。三日月形の鎌池がいいアクセントです。最後、4人乗りのスキーリフトで‥






 5分後、八方池山荘駅で降ります。ここは標高1830mで21℃、秋気温ですね。10分ほどあれこれして高度順応します。
(10:10)

八方尾根には、尾根道と山腹道があり、起伏の少ない後者を選択。
道脇の斜面には、数々の花が競いあっています。

左)タカネマツムシソウ    中)シモツケソウ(ピンク)、     右)クガイソウと蜂

 撮影でしゃがみ込み、終わって立ち上がるとクラクラします。10分ほどで‥






 尾根道に合流しても再び山腹道を選択。そこには、2本の木道が整備され歩きやすい。休憩所があるので1本取ります。
(10:50)






 再び木道を登ると左に残雪。東南斜面ですが、たくさんホワイト貯金があったのですね。






 右下から木道を上がれば、立派なトイレが建つ休憩地です。標高は2000mになりました。用を足します。ここからは登山道です。
(11:05)

休憩地からすぐ第2ケルン2005m。左上の八方ケルン2035mへ登ります。
昨日、この辺りには降雨があったようで、本日はガスが吹きまくっています。
お陰で期待した北アルプス展望はさっぱり。






 八方ケルンから尾根の広い道となり、程なく左:唐松岳、右:八方池の分岐です。当然、右へ降りていくと‥
(11:30)






 池までは、どうやら木道が続いているようです。これなら前の親子のように小さい子を連れてきても安心です。すると‥






 白馬三山(右上)を八方池越しに撮る絶好地。その方向は全面ガス、カメラマンは辛抱強く待っています。
(11:40)



標高2060mの八方池は想像より大きく、60m長はありそうです。
反時計回りで巡ります。左上が先ほどの撮影絶好地です。
←ズームしてみました。突然‥






 ガスが消え始め、北西を見ると本日一の展望。雪渓上方は天狗頭2812mでしょうか。満足して池西端から尾根へ登れば‥




 唐松岳分岐です。八方尾根の名は、唐松岳から四方八方に尾根が延びていることから付けられました。

 登頂には、右折して2時間50分間登ります。それは予定外なので、左折して尾根を戻れば‥






 第3ケルン2086m、本日の最高点です。下に見えるのが、先ほどまでいた八方池。少し降れば‥
(11:55)





 八方ケルン2035m。昭和55年12月に神奈川県逗子の高校生5人と教諭1人が吹雪で迷い、ここで凍死。

 ケルンは、事故を悼んで立てられました。
(12:05)

 第2ケルンを過ぎた辺りに休憩地があるのでランチにします。
(12:15)〜(12:25)

 
左)カライトソウ         中)チングルマ       右)クモマミミナグサ/北アルプスだけの特産種

八方池山荘
に戻り、リフトに乗ります。今日は乗り物で並ぶことは、運良くゼロでした。
今日は、登山者より一般観光客の方が多かったと思います。人気ありますね。
(12:55)

中央左奥ピークは高妻山2353m。左の黒菱平駅に向かいます。
今回は、ある夫婦の「避暑地の出来事」でした。
B駐車場着(13:35)


東海岳行
  “ぼく、ここ” 



1.行方不明2歳児無事保護

 林道を歩き、迷惑をかけないよう民家がなくなったころ『よしく〜ん』と大声で呼びかけた。山に入り一つ目の沢を渡ると『おじちゃん ぼくここ』と声が聞こえた。先に進むと真ん中で苔むした岩にちょこんと下半身丸出しで座っていた。小さな命が救われた瞬間です。私もこのニュースを見て心から喜べました。

 もうだめかなと思っていたのですが、奇跡を起こしたのは発見したボランティアで捜索に参加した単独の捜索者尾畠さんです。テレビでは、リュックから出したバスタオルで子供をくるみ抱きかかえ下山し母親に手渡しました。私のリュックにはタオルは入っていますが、バスタオルを持っていたのはすごい。

 その尾畠さんは、大分県日出町(ビシ)に住む驚異の78歳です。張りのある声、話し方もそつがなく、体力十分。発見の前日、大分県の自宅から、軽ワゴンに乗り下道で8時間半かけ、14日(火)午後に到着、家族に会って話を聞き捜索のプランを考えました。翌朝6時から探索を始め、30分でよしき君を発見したのです。



2.引き返す

 祖父と長男(3歳)・よしき君の3人で曽祖父宅から海へ向かいました。上地図左下「引き返す」地点で彼が『かえる』と言い来た道を戻ります。祖父は歩くよしき君を時々見ました。50mほどでY字分岐、左折が来た道で程なく曽祖父宅です。ところがよしき君は直進しました。つまり道ミスで帰り道は分からないのです。

 ここで祖父は、『わからないんだ』と思い、彼の元へ行くチャンスでした。よしき君はさらに50m直進して左に親戚宅があり、その後ろに曽祖父宅がある所へ来ます。祖父はそこを左折すれば、20mで曽祖父宅なので油断したようです。ここでよしき君祖父の視野から消えます。

 ここを左折し、間所を抜ければ曽祖父宅に着くことを帰省したばかりの2歳児は知りません。彼の元へ行くラストチャンスでした。この後の行方不明は、ニュースで伝えられています。どこへ行くのか、2歳児はどう歩くか。私の考えは@直進 A良い道でした。尾畠さん『子供は上に登る習性がある』と断言されました。

    

3.発見への道

 テレビで発見の道を辿っていました。「最後の姿」から舗装された坂を上ると「橋交差点」。2歳児の低い視点でも直進は広くメインストリートに見えます。道はカーブしますが、道なりに1車線の道を行く。やがて右に「貯水タンク」があり、フェンスで囲まれています。(上左) 舗装されているのはここまで。

 この先は山道ですが、歩けます。フェンスを過ぎると第1の沢に出会いますが、流水は少なく渡れます。(上右) すぐ第2の沢に出会い右岸に踏み跡が続きます。(下左) この写真右上に何十年も前、畑のために積まれた石積みが見えます。 5mくらい先、沢中によしき君が座っていた小さな苔岩(下右)

 曽祖父宅から560m離れた地点です。68時間後に発見されたとき、全身に擦り傷、ダニや蚊などの虫刺されが10数カ所ありました。海水パンツとサンダルは上流20数mに脱ぎ捨てられています。多分、よしき君はもよしたのですが、2歳児はパンツを脱ぐのは苦手。間に合わなく漏らしたので捨ててきたと想像します。

    

4.ボランティアの師匠

 時の人尾畠さんはどんな方なんでしょう。発見した15日(水)の夜、下道で6時間半かけ自宅に戻りました。翌日16(木)は、朝8:20の「とくダネ」から14:50「ミヤネ屋」まで6番組の中継に生出演。2日後の8/18から8/30までは、呉市でボランティア活動されます。スーパーボランティアですね。

 尾畠さんは、2006年65歳の誕生日、ピタッと別府市の鮮魚店をったたみます。そして徒歩で3ヶ月間の日本縦断に出発。旅の途中、南三陸町で地元のおばあちゃんからおこわを頂きました。5年後に起きた東日本大震災では、3日間かけ軽ワゴンで駆けつけておばあさんの無事を確認。

 翌日からボランティア活動を開始。仲間からは「師匠」と呼ばれ親しまれています。3年間、のべ500日通いました。その後、熊本地震、今年の西日本豪雨などでも現地に駆けつけました。ボランティアの基本「自己完結」を貫いています。車には寝袋、水、食料、ガソリン、道具などがビッシリ。



 今回もパックの白飯に水をかけ柔らかくなったらシソをかけ、ソーセージ1本をおかずにしていました。40歳で登山を始め、54歳から由布岳の登山道整備を続けられています。 2年前に大分県佐伯市で行方不明になった2歳の女の子の捜索にあたりました。

 幸い山中で発見されたのですが、その経験が、今回の事件に役に立つと本来の目的地を外し周防大島へ向かいました。『子供は上に登る習性がある』の法則ですね。冷静だと思ったのは、よしき君を探すことを事前に警察に届けたことです。行動プランを考え警察が捜索を始める1時間前の6時から動きました。

 ボランティア活動は「学歴はないけど世間に恩返ししたい」と始められました。さて尾畠さん子供は2人、その孫が5人もいるのですが、奥さんは5年前、用事があって出かけ、まだ帰ってこないそうです。ユーモアもお持ちです。ただ世間の中には家族は入っているのでしょうか、気になります。

2018.08.20(月)00:10