29  “臨時朝礼
 
 カレンダーをめくれば2月。セツブン草・ネコヤナギ‥と春のきざしは少しづつですが、身近に感じられるようになりました。しかし、まだまだ油断のならない寒さが続きます。今週は岳行ノートをお休みしましたので大道草を作りました。よろしかったらご覧ください。



1.公営住宅

 私が2歳のころから住んだ名古屋市の実家は、120軒の平屋住宅が整然と並んでいる新興地区でした。南側にため池があり、その面積は住宅地区と同じほどの大きなものです。私は小学生になってもその池の大きさに圧倒され、怖くて近寄ることはできませんでした。

 ところが4年生になったとき、池の埋め立てが始まったのです。そして造成された広大な土地に鉄筋コンクリート2階建ての公営住宅が建設されました。2階建て家屋に縁の無かった腕白坊主たちは、作業員のいなくなった夕方、現場を探検したものです。2階通路や屋上に登り、見たことのない展望に感動していました。

 公営住宅は10棟ほど建てられ、200世帯が次々と引っ越してきました。殆ど子供付きなので、たちまち小学校はパンクです。教室が足りず2部制授業になり、午前と午後で一つの教室を共同使用しました。時には青空学級と聞こえはいいのですが、運動場で勉強をしたこともあるほどです。



2.転校生

 教室が急ピッチで増築され全生徒を吸収できるようになったとき、私はもう6年生。その夏休みが終わる頃、公営住宅に5年生の道夫くんが引っ越してきました。彼とは学年も通学団も違うため、一度も話したことはありません。でも彼が小学校に来たことで起きたある出来事は、今でも心に残っています。

 2学期の始業日、友達が僕に囁きました。『5年2組に転校してきた公営住宅の男子見た?』『知らない』『下校の時に見てごらん、すごくちっちゃいよ』

 始業式が終わり、運動場で通学団ごとに集合します。あの友達が隣の通学団を指差す。道夫くんはすぐ分かりました。5年生なのに1年生ほどの身長しかない。その時は随分小さい子がいるものだと思ったくらいです。

 学年が違うため触れ合うことはありません。道夫くんは、転校したばかりで友達もいないためか、時々一人で運動場を歩いているのを見かけました。数週間すると彼の姿を目にすることもなく、その存在すら忘れます。



3.臨時朝礼

 ある金曜日の1時限目が始まる前、教室にいると担任の先生が入ってきました。『今から臨時朝礼をするので急いで運動場に整列しなさい』と大声で言います。6年2組の女子が北端に並び、その隣に男子、それから順に6年1組の女子と男子、5年2組の女子と男子〜と1年生まで600人の生徒が揃いました。

 全校朝礼は月曜の朝ですが、金曜日にするなんて初めてです。いつもはラジオ体操をしたり、先生が連絡を伝えたりしますが、いきなり校長先生が檀上に上がりました。『みなさん、お早うございます』『おはようございま〜す』と生徒全員が頭を下げる。

 『小学校では、毎日勉強したり、運動したり、宿題があったり大変だ。でも給食を食べたり、先生とお話したり、お友達と遊ぶこともありますね。みなさんに聞きたいことがあります。学校は楽しいですか?楽しいと思う人は手を上げてください』『は〜い』
生徒全員が手を上げる。

 『そう、良かった。生徒たちが楽しく学校に来ていること、校長先生はとても嬉しいです』ニコニコ笑い本当に嬉しそうです。『でも一人楽しくない子がいます。5年2組の道夫くんです。今日も学校を休んでいます』あのものすごく小さな子だ!

 『道夫くんは、遠くからこの小学校に転校して来たのですが、皆と勉強したり、新しいお友達を作って遊んだりしようと思っていました。でも道夫くんは、みんなと比べ身体が少し小さかったのです。そのことを学校で道夫くんは言われました。毎日、毎日言われました。とても辛かったと思います。

 それで学校が楽しくなくなり“お母さんもう学校へ行きたくない”と言いました』
そう言うと校長先生は黙ってしまい、しばらく間があります。どうしたのだろうと校長先生の顔を見ると‥涙を流しています。僕は大人は泣かないものだと思っていましたからとても驚きました。ハンカチで涙をぬぐっています。

 『校長先生は、一人でも‥学校に来ることが‥楽しくない子がいると‥悲しい』涙ながらにお話が続きます。隣の列の5年女子が、肩を震わせ泣きだしました。やがて生徒たちのすすり声が、水面の波紋のように運動場に広がる。私の胸もキューっとなりました。

 『みなさん、道夫くんと仲良くしてあげてください。道夫くんが“学校って楽しいね”とお母さんに言える日が早く来ることを校長先生は願っています』朝礼は終わりました。女子はもう大泣きで、男子も鼻をすすっています。

 翌日は土曜日、授業は午前で終わりです。運動場の通学団集合場所にいると‥ 向こうから6,7人の同級生に囲まれ笑顔の道夫くんが歩いてきました。後ろには女子が2,3人付いています。まるで道夫くんはスターのような扱い。みんな素直だ、校長先生の言ったことをすぐできるなんて。

 

4.その後
 6年生だった私は、3月に小学校を卒業。その頃道夫くんも公営住宅を引っ越していきました。わずか半年の小学校だったけれど道夫くんはきっと学校が楽しくなったでしょう。良い思い出を持って新しい街でも道夫くん、がんばれ!

 後から聞いたことですが臨時朝礼があった日、5年生担任の先生を公営住宅で見た子がいます。きっと校長先生に相談したお母さんへ報告に行ったのでしょう。あの朝礼で、私たちも学校は勉強だけではなく色々なことを学ぶところだと分かりました。

 先生方は、どんな気持ちで生徒の問題にあたらなければいけないかを知らされたと思います。一人の生徒のため全力で向かっていった校長先生は、今振り返っても素晴らしい先生です。


※2/9:写真は「勝川カフェmon」さんより提供いただきました。

2009.2.02(月)10:10