50     “帰らざる日々

 あの日は、雪も降って日本が一番寒い日でした。私は町内の粗大ゴミ当番なので6時前に起床します。あまりの寒さに身体を固くして温度計を見ると部屋は5℃、外気は-3℃! 30℃のお布団リゾートから出たので寒暖の差25℃のヒートショック。

 夜中に起きると寒冷地帯の廊下を通り、極寒ポイントのトイレへ入れば、もっともっと身体には厳しい。私は素肌にパジャマを着ています。気温5℃の冬、その姿で外をぶらつくようなものです。ありえません。

 ホテルや病院なんかでは24時間快適に保たれています。我が家をそのようにグレードアップすることは不可能ではありませんが、お財布の事を考えるととても対応できません。これからは、せいぜいシャツを着るか腹巻をして寝るかでしょう。実は朝起きた時、少し腰に痛みを感じていたのです。

 

 そんな雪の凍てつく氷点下のゴミ集積地で2時間近く作業していると、終わるころにはかなり酷くなっていました。こじらしてはまずいので馴染みの整体にいき治療してもらいます。無事、痛みが和らぎホッとしました。そこまでするのは翌日、鈴乃助(小学一年生)が遊びに来るので接待をしなければならないからです。

 さて我が家は、玄関から廊下を4m歩くとリビングの扉に着きます。そこで当日、鈴乃助とママ(長女)が到着する前に廊下にバリケードを作ることを思いつきました。風呂マット、椅子、クッション、座イス、スーパーの袋、洗濯物ポールなどを並べます。(左写真)

 仕上げに扉前へプレゼントの月刊誌「小学一年生」を袋に入れ、洗濯バサミで挟んでぶら下げました。やがて二人が来て玄関ドアが開き、廊下の異常な様子に鈴乃助のビビル声が聞こえます。



 ママに『行けばいいよ』とうながされ、嬌声をあげて進んできました。プレゼントを手にして扉を開けた所をパチリ。興奮気味の鈴乃助『バリアーをクリアできました。おめでとうございます』と祝福。それから昼食を挟みずっと鈴乃助を接待するわけです。

 「小学一年生」の付録3Dメガネを組立て飛び出す映像を見ます。家族全員で「すごろく」や「帽子取り」の盤ゲームをして飽きると「ロディオ大会」。これはママが幼児だった頃良くしてあげたものです。

 私が馬になり背中に鈴乃助がしがみつく。私が右手を大きく上にあげると落ちそうになる。10数えられたらセーフ、両足をつっぱって腰を上げると前に落ちそうになる。10数えられてセーフ。



 色々な体勢になっても落ちなかったら第二ステージへ。今度はその姿勢に小刻みに身体を動かしブルブル振動を加える。くすぐったいのか大笑いして大抵転げ落ちます。そして「宝物さがし」‥小さな縫いぐるみを一部姿を出して隠します。これは鈴乃助は上手くなった。ママのポケットに隠したのを見つけられませんでした。

 「かくれんぼ」‥鈴乃助が隣部屋のどこかに隠れると私はその近くへ行き、手の甲に唇を当て息を吹く。『ブーッ』鈴乃助は、身体を小さく折り畳んで隠れても吹き出すのですぐ見つかる。今度は小さな庭に出てドッジボール投げ。飽きたら『サーカーしよう』と言います。

 我が家には、サッカーボールは中田ヒデのサイン入りボールしかありません。そのボールで5mばかりの距離に互いのゴールを決め、蹴り合いました。こういう時、狭い庭はボールが壁や塀にぶつかり、遠くへ逃げて行かなくて遊びやすい利点があります。



 7対5、10対10と競り合うようにして長続きさせました。真剣にやると結構汗ばみます。12対12になった時『あつい!きゅうけーしよ』というので部屋へ戻りました。ママが待ってましたとばかり『3時になったので帰るよ』『もっと遊びたい。ねえ、ご飯食べてから帰ろうよ』『ダメ、約束でしょ』

 しぶしぶ帰り支度をしたと思いきや、バイバイしたら風のように去って行きました。「孫が家に来ると嬉しい。帰るともっと嬉しい」は、綾小路きみまろの持ちネタです。今はまだこんなことはないけど、鈴乃助が成長したらどうでしょう。



<帰らざる日々>アルバムを開けば‥
 聴こえてくる家族の話し声、子供の笑い声。それは我が家の団欒。変わらない暮らしが、ずっと続くと思っていたあの頃。そんな日々が、目の前に生き生きと姿を現す。ささやかな事、小さな事、はかない事、時の中で繰り返していく。‥印画紙には永遠の家族。

 絶え間なく湧く泉のように郷愁は、尽きることはありません。過ぎ去ったものは愛おしい、消え行くものは美しい。‥帰らざる日々。  そうだ思い付いた! 次に鈴乃助が来るときは、玄関ドアを開けた所からバリケードにしてやろう。

2012.02.07(火).16:30