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前日に天気予報を確認すると良さそうなのは三河方面です。そこで未踏の八嶽山(ヤダケサン)に決めました。ガイドブックでは周回コースを紹介しています。 ところが最近のレポによれば、登山道や橋の崩壊でなかなか道は厳しそうです。現地で判断することにしました。 ここは愛知県では、東の端に位置して我が家からは、かなりの距離になります。そのため今まで中々登りに行けなかったのです。 教科書は、「奥三河名山八選」HP(チャレンジ!八嶽山コース)を表裏プリントしました。参考書は、山と渓谷社「新・分県登山ガイド 愛知県の山」です。 |
駐車場周辺図 [−]:縮小 [+]:拡大 |
P ↓ 熊野神社 ↓ ニギンジ ↓ ハナノキアラシ ↓ 八嶽山 ↓ 展望台 ↓ P ※色線は実測ではありません。 ■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」 |
ここからハプニングの始まり。ナビどおり愛知→岐阜→長野418号線、天龍村の「おきよめの湯」と来てこの看板です。 『本当に通れないの?道路開いてるじゃない』この「お知らせ」を良く見ればよかった。で20分ほど走ると、 |
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ガ〜ン・岩・岩・岩‥ 『オーマイガ!』平日は時間全面通行止です。今9時15分ですが、10時05分になると5分間だけ通られます。選択肢は三つ‥ @あきらめて帰る。 A通行できるまで待つ。 B迂回路を探す。 Bを選んで「おきよめの湯」まで戻りましたが、時間を考えると結局ここを通過したほうが早い。で、またここへ戻ったわけです。 |
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瞬間開通でようやく通り降り抜けました。天竜川沿いのきつい斜面に茶畑が見えます。 しばらく走ると看板どおりもう一度通行止。そこには遠回り過ぎる迂回路があります。 やれやれ家を出てから4時間以上経ちました。 |
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運転に飽きたころ豊根村に到着。富山支所に挨拶してこの駐車場から出発です。『出発が11時か!ピストンしかない』 (11:05) |
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少し歩くとこの富山村総合センターの公衆便所です。前の階段を上ります。 |
すぐ路地から車道に出ると左にかすれた道標が見えました。この階段をまた登れば、 |
熊野神社への参道階段で更に高度を上げます。大杉に囲まれた社殿右端にようやく登山口です。 (11:10) ※700年前にこの地を拓いた人の生国が紀州熊野と由緒書にありました。 |
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石積み、竹林、雑木林と続き、杉の植林地をジグザグ登ります。斜度が次第にきつくなってきました。 |
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ようやく稜線が見え、そこが「ニギンジ」の道標が立つ尾根です。お昼のサイレンが聞こえ来てもランチはまだまだ。 (12:00) ※昔、戦いのとき、この辺りに逃げたことでその名が残っているそうです。 |
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途中にある丸太ベンチや木の小橋が朽ち果てたままです。まともなベンチを見つけ、お菓子でエネルギーを補給します。 |
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登山道におびただしい糞?踏むとブルーになるので慎重に回り込む。ため糞の習性があるのはタヌキ。『ふ〜ん』 |
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広葉樹の囲まれた感じのいい場所に着きます。 下の佐久間湖が穏やか、この尾根道は緩やか、で気分も上々。 |
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ピークを右に巻くと「ハナノキアラシ」のポイントに着きました。ここで空腹に堪りかね、休憩してお握りを一個食べます。 (12:35) そして眼前の急登に向かわなければなりません。ゴミ袋に紙くずとため息を入れ、よっこらしょっと。 |
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岩の転がる斜面が立ちはだかる。次のステップに手をかけ梯子を登るようなリアル急登。やがて作業用のモノレールと平行します。 多分明日は、ももが筋肉痛でしょう。(二人ともその通りになりました) |
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30分耐え忍ぶと山頂です。下の警告文がありました。周回は自信を持ってやめです。実際は山慣れた人なら大丈夫とのこと。 (13:30) さあ向うに見える展望台に行きましょう。 |
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反射板のため山頂は切り開かれています。お陰で素晴らしい眺望。でもこの辺りの山の同定は、さっぱり出来ません。 |
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佐久間湖の白く光る緑の湖面が、鮮やかなアクセント。 のんびりしていたい所ですが、春の疾風が山頂に吹きつける。 娘のメールで地上も強風で寒いと知らされました。 |
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その風を避けるため西へ少し歩き、ブナの森でランチです。お握り1個の質素パーティですが楽しみには変わりありません。 〜(14:45) |
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頂上を降りれば風は追ってきません。歩けば身体が温まります。3時を過ぎた山歩きでも日が延びたため気が楽です。 |
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熊野神社まで戻り、湖岸に沿った村を見て一安心。桜が七分ほど咲いています。『スプリング ハズ カム』 (15:55) 駐車地に着き、支所でお礼を言いました。 (16:05) |
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展望台から見えた道路に来て山頂を確かめます。 左端のピークに「V」の切れ目、そこが反射板のあるところです。 今日も無事、経験のケルンをひとつ積み上げることが出来ました。 帰り道は往きに苦労した道ではなく、当然別の道を選びます。 |
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東海岳行 |
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“小学生最後の授業” |
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書込みいただいた方から「本についての道草」とご要望いただきました。リクエストは初めてなので真剣に考えたのです。そこで今回は、本をキーにして作ってみました。 小学校の卒業式が終わり、ぼくたちはクラスに戻ります。鈴木先生が卒業証書の筒を配ってくれました。6年2組の児童55人(昔は、けたたましく生徒が多かった)が、落ち着いた頃に先生が語りかけます。 『今日で小学生を卒業だ。最後に先生から言っておきたい大事なことがある。今、みんなは子供の心を持っている。大人には無い純真な心だ。例えば‥‥‥。そういったものを大人になっても忘れないでいて欲しい。はい、これで授業を終わります』 ぼくは、そのとき浮かんだ具体的な子供の純真さを心に深く刻みました。『大人になってもぼくは絶対忘れない!』と誓う。そして校門を出た少年は、晴れがましく大人へ続く道を歩き出します。やがて中学生、高校生と成長し心色は、白から青に変わりました。青年になった私は、いつか最後の授業のことを奇麗に忘れたのです。 大学生になり、下宿屋に住むことになりました。隣部屋には、20歳の一年生(2浪)が入室し挨拶を交わします。18歳の私から見れば、充分人生の大先輩です。彼は読書好きで友情が深まるといろいろな本の話をしてくれました。その影響を大いに受け、私も世界文学を読み漁ります。 「岩窟王」「赤と黒」「オリバー・ツイスト」‥どれも感動し感受性を豊かにしたものです。残念なことに今、何に感動したかそのストーリーさえ覚えていません。ところがそのとき読んだある一冊だけは、心に強く残っています。ある日、彼が『この童話、面白いよ』と薄い本を貸してくれました。 『え?今さら童話って‥』と一瞬思いましたが、むげには出来ないので読んでみます。それはサン・テグジュペリの「星の王子さま」。その冒頭『大人は、誰も、初めは子供だった(しかし、そのことを忘れずにいる大人は、いくらもいない)』‥あれ?聞いたことあるぞこの言葉は。 私は若い脳回路を探し回り、落ち葉に埋もれていた言葉を見つけました。『忘れないで』と鈴木先生が言っていた言葉だ。あのとき浮かんだ具体的な子供の純真さも思い出しました。そして『もう二度と忘れない!』と念じます。何十年も過ぎた今、この文章が書けるのは忘れずにいるからです。 しかし、毎年積み重なる落ち葉は厚くなり、あの具体的な子供の純真さを今は、どうしても探し出せません。12歳の子供なりに思いついた純真さ?「長いものには巻かれろ」なんて世渡り事はありえないし‥???「人を信じる」「嘘をつかない」う〜ん、わからない。 「素直な心」‥そんな所でしょうか。いずれにしろ私の記憶のアルバムは、もはやセピア色で残念なことにはっきりした色合いは残っていません。 そこで知人の子供に『中学生になっても忘れてはいけない子供らしさって何だと思う?』と聞いたら『え〜と、え〜と‥一生懸命勉強することかな』と答えました。お母さんが隣で注視しているから、そう言ったのでしょう。気遣いができる子供だ。 |