岳行ノート

西方ケ岳・蠑螺ケ岳 764m・686m/福井県敦賀市

2010年6月9日(水)


ハワイ色の誘惑

-敦賀湾に浮かぶ無人島水島蠑螺ケ岳(サザエガダケ)山頂より-
(左端の地肌は、日本原電関連施設の造成工事のためでちょうど下山口付近です)



 5年ほど前、HPを休止された白影さんのレポを見て行かねばと思ったコースがあります。それは敦賀半島の西方ケ岳(サイホウガダケ)〜蠑螺ケ岳の縦走です。

 登山口と下山口が県道で8kmも離れているので歩く気にはなりません。自転車は、坂が厳しく私には無理です。バスは1日3便と時間的にかなり窮屈になります。

 ピストンはロングコースになるのでタクシーの利用かと思っていたところ「ジオンと山歩記」さんにお誘いをいただきました。グループで行けば置車ができます。

 長年の夢叶うわいと渡りに船で参加させていただきました。



 教科書は、中日新聞社刊「東海・北陸の200秀山/上」です。参考書として山と渓谷社刊「名古屋周辺の山200」を見ました。
 
<駐車地>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動


常宮神社駐車地

奥の院展望岩

銀名水

オウム岩

▲西方ケ岳

尼池

カモシカ台(ランチ)

▲蠑螺ケ岳

一枚岩展望所

長命水

展望地

登山口置車


 ※赤線はGPS軌跡

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前5時55分発  19℃
駐車地:午前8時10分着  曇り後、晴れ
往:2時間20分(西方ケ岳まで 以下、小休止含)
復:3時間5分 
◆所要時間:5時間25分

敦賀インターで下り、敦賀湾の日本三大松原の一つ「気比の松原」(ケヒ)に来ました。
赤松・クロマツ17,000本が生い茂り、1.5kmにおよぶ砂浜に行くと‥『あらら!』
西方ケ岳山頂には、雲がかかっています。午後から晴れの予報に期待しましょう。



 集合は常宮神社(ジョウグウ)の駐車地です。1300年前創建で鎮守の森には荒々しい樹皮の巨木が何本もあり圧倒されます。

 何台も走る観光バスは原発に勤務する人を運ぶようです。今日の登山チームは総勢10名、下山口に置車を運んだら出発です。
(9:00)



 駐車場から左に本殿を見て境内を北進し、集落にある道標で左折します。5分歩くとこの登山口です。

 正面ピークの鉄塔と斜め左下の奥の院展望岩が最初の目標になります。




 汗が出て風の動かない展望岩で眺望休憩。蒸し暑い上に曇り空は恨めしい。眼下には棚田、常宮集落、凪の敦賀湾です。
(9:50)





 でも一輪、また一輪とササユりが急登を慰めてくれました。必然的に撮影休憩が増えます。



 金(キン)より控えめな銀名水が登山道脇にありました。朝のお湿りで貯水量はほどほどですが、覗くだけで飲みません。

 頂いたフローズン・グレープフルーツは、熱い身中に落ちる名水です。
(10:10) 
生き返って登ると呼石(聞く石:左)

ここから呼びかけると25m先にある30m幅のオウム岩が応えます。250年前発見されました。

※志摩市磯部町のおうむ岩を訪ねたことがあります。幅127mあり、50m離れた「語り場」の声が届くそうです。

オウム岩を過ぎると心安らぐブナの落ち葉道となり、薄日も差すようになりました。
周囲の木々は充分な緑を蓄え、森の勾配は緩急が繰り返されます。





 森を抜けると上空が明るくなり、西方ケ岳山頂広場です。眺望は無く、敦賀湾の方へ灌木を分け少し降ると‥
(11:20)
 登りやすい大岩があり、手(という地名)の集落や左上稜線の向こうに白い水島がチラッ見えます。

 広場の避難小屋の左から西へ降登2分で二等三角点ピーク。ここが敦賀半島の最高点764mです。(11:40)


 この西方ケ岳→蠑螺ケ岳のコースは、高度を落とながら縦走します。見事なブナ道を軽快に降るとカモシカ台の分岐です。
(12:00)

 一旦、縦走路を外れ左折します。途中、湿地の尼池を見ましたが、歓声が上がる素晴らしい光景がありました。(戻る時に‥)


 展望抜群のカモシカ台と小広場。以前、岩上にカモシカがいて名づけられました。誘われて登ります。

 一歩目の足がかりが難しく私はひっぱり上げてもらいました。敦賀半島は花崗岩で成るので大岩・奇岩が多いのでしょう。
(12:10)
 予報通り「午後より晴れ」になりました。気象台のグッドジョブ。中央ピークが、山膨らみ緑きわまる蠑螺ケ岳です。

 さあ待ちかねたランチ『うどんだ、魚だ、サラダだ、ケーキだ!』

 ごち”になります。‥腹膨らみベルトきわまる。
〜(13:20)


 西の若狭湾にはこの@関電美浜原発、半島先端にA日本原電発電所、西側でB動燃もんじゅの全7機が稼働しています

 下山口の浦底で日本原電が2機を建設中ですしかし@は2004年に重大事故が起き、Bは1995年火災事故を起こしました。

 ここは原発半島。『気をつけなはれやっ!』

縦走路に戻る途中、尼池への分岐地点で再び感動の歓声がでました。『きれ〜』
ピンクのタニウツギ白いヤブデマリが、鞍部に群生し花のトンネルです。
タニウツギは好きですが、もっと好きになりました。 



 『食い過ぎた‥』尾根の縦走路をハラデブマリで歩くと小さな起伏でも苦しい。やがて歯肉の失われた三等三角点到着。

 蠑螺ケ岳686m‥この山の欠点は漢字が難しい。マンガの「フグ田サザエさん」を漢字にすると「河豚田蠑螺」になります。
(13:45)



 この山頂にも展望岩。右下に色浜集落、そこから水島へ渡し船があり10分で着きます。700mの距離なので泳げるでしょう。
(TOP写真)

 以前白影さんが単独遠泳しました。往復1000円の船賃が節約でき、疲労をたっぷり貯められたようです。


 さらに尾根を下っていくと長命水分岐。ほんの50m降ると清流に出合います。水がピンチだったら飲むでしょう。

 長命になったら、喜んでくれる人が何人いるかが問題です。私は何とか約1名を確保しなくてはいけません。
(14:35)

 さあ、ここからは降るだけです。
標高250m付近で海に開ける展望地があります。ここは水島が大きい。
左右の小島が砂洲で結ばれているのが分かります。原発まで2kmの海水浴場です。ところで‥
「奥三河のナイアガラ」とか「江南のラスベガス」という言い回しは決まって本家よりスケールが極小です。

しかし恥ずかしがらず胸を張って言いましょう。ここが「日本のハワイ」水島です。
椰子の木、パラソル、売店やトイレはありません。でもトロピカル・ビーチは夏の思い出が作れます。
綺麗なパステル水島を見られとても満足です。『お天気になって良かった!』
 敦賀三山といわれるだけのことはあり名コースでした。下山も中々、こう配がきつくレディース5名、メンズ5名は思い出と疲労を貯めた足を慎重に運びます。  蠑螺ケ岳登山口に着いたら置車に乗せていただき、海辺を15分走れば常宮神社へ帰着です。
(15:45)→(16:20)


 コミュニティバス常宮線浦底バス停は左図のように妙泉寺前にあります。朝・昼・夕方の1日3本の運行です。蠑螺ケ岳登山口からバス停までは800mの下り道。そこから更に常宮神社までは県道を7kmです。


 今回はジオンさん、乱丸&のこさん、SIVAさん、みれさん、チャコさん、福ちゃん、野村さん、Kおじさんのみなさんにお世話になりました。



東海岳行
   “小太郎2/富岳百景  

 日本の最高学府は東京大学です。何を勘違いしたのか私の会社に創立以来初めて東大卒の学生が入社することになりました。どこでどう間違ったのか私の部下になったのです。私の方が緊張しましす。でも人間性もいいし「一を聞いて十を知る」能力はさすがで優秀でした。

 後年、名大卒も隣の部署に来たので受験勉強はどうやったのか尋ねたことがあります。すると彼は『教科書を全ページ覚えました』そうです。そんな超能力を使ったら受験は楽勝でしょう。さて先回の道草で主演した高校の同級生、優秀な小太郎の秘密ノートのエピソード2です。



 高校二年のある日、1時限目の授業は現代国語でした。教科書は太宰治の「富岳百景」が教材になっています。先生にあてられた生徒が文章を読みました。その一節に『井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた‥』とあります。

 その時、初めて「放屁」という言葉を知りました。放課に友人達と話すと彼らも同じようで『“へ”に丁寧語があるんだ』と笑い転げました。馬鹿話を切り上げ、次の2時限目の習字の準備をしなくてはなりません。墨を磨るのが面倒。思うと小中高と私の嫌いな授業は、習字・美術・音楽のように道具を使うものでした。

 その日は普通に下校して翌朝、教室に入ると私の席に友人が早足でやってきました。『おい、あれ見ろ』と黒板の上を指さす。そこには額があり、習字の優秀作を1ケ月サイクルで入替え掲げられています。私には縁のないことですが、言われるまま見ると昨日までとは違う作品です。「放屁」と上手に書かれています。



 昨日の習字の課題は、当然そんな文字ではありません。誰がやったのか?思い当たる生徒に聞いても首を振るだけ。1時限目、先生が入って来くると女子生徒がクスクス笑うので気付かれました。『‥なるほどね』といって興味無さそうに数学を始めます。

 でも翌日には、それはちゃんとした作品に担任の先生に入替えられました。そんな事件があった後、あの小太郎の秘密ノートを見たのです。私が彼からノートを奪った時、チラ見ではなく結構ページをめくりました。その中に事件を匂わすようなことが書かれてあったのです。

 ノートにはみんなを驚かすためのアイデアがいくつも書き並べられていました。「プールに赤色の絵の具を流す」「教室の机を全て前後を逆に置く」「額の習字を入替える」‥小太郎とは2年生から同級生なので1年生のとき実行されたものは分かりませんが、きっと作戦を実行したのでしょう。



 私の前に座る小太郎の背中を突っつき振り返った彼に聞いたことがあります。『習字事件は小太郎がやったんだろ?』彼は返事もせず無表情のまま前に向き直りましたが、唇の片端が小さくニヤッと上がったのを私は見逃しませんでした。

 
2010.06.12(土)22:35