岳行ノート

天吉寺山 918m/滋賀県長浜市

2011年12月7日(水)


池発見、ナメコ発見


 ある夜『7日11時30分、天吉寺山山頂に来たれよ』メールが届きました。山行をお誘い頂くジオンさんは、私がこの山を周回したいことをご存知です。

 ガイドブックでは、経験者向きとアドバイスがある南西尾根を登ります。このルートはジオンさん達が最近歩かれたので最新情報は入手済みです。

 下山は本のコース通り、稜線から大吉寺跡を経由します。メールは、ジオンさんパーティが、3km南の七廻り峠から北上し、山頂で一緒にランチするプラン。


 遅刻は許されません。ところが麓の集落内は、ナビの道表示が無くアッチャコッチャ。駐車場でGPSをオンしても中々電波を捉えません。えらいコッチャ。

 教科書は、山と渓谷社刊「真・分県登山ガイド 滋賀県の山」です。参考書は「ジオンと山歩記」さん、「山聲」さんのお世話になりました。
<駐車場>
[-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動
 名神高速道路関ヶ原ICで下り、道の駅伊吹の里経由、草野川を遡ります。上草野小学校を過ぎ野瀬バス停を右折…




大吉寺駐車場

鉄塔

天吉寺山



大吉寺跡

大吉寺駐車場

 ※赤線はGPS軌跡  

■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前7時30分発  曇り/7℃
駐車場:午前9時10分着  曇り/7℃
天吉寺山:2時間05分(以下、小休止含)
駐 車 場 :1時間55分 ◆所要時間:4時間00分

 JA前の野瀬北バス停を左に見て東進。天吉寺川左岸沿いに集落を抜けます。林道を詰め写真の広い駐車場に到着。進入禁止の車道を歩き、山門を潜り本堂へ‥ (9:25)

大吉寺の創建は、865年(平安時代前期)、当時は天吉寺山山頂近くに本堂がありました。
寺名の由来は、「延暦元年の洪水により、天吉寺の天の字の一が洗い落とされ、大吉寺
天吉寺山大吉寺って変だと思っていたのですが、謎が解けました。


 本堂裏に登山口があり、坂を登って入山します。(9:35)

※下山時、建物の奥からここへ戻ってきました。


 尾根はの木が多く、道は明確です。松茸のシーズンには、入山禁止になります。 


 第一目標の鉄塔到着。展望はありません。写真中央のススキを突破すると、道は続いていました。
(10:00)
鉄塔から10分も登れば、周囲は感じのいい森です。
尾根は広く有りませんが、登山道・踏み跡はありました。
右手稜線から女性の声、きっと待ち合わせのパーティだ。

『ヤッホー』向い風か反応がありません。急登になり、踏み跡も不明瞭になりました。
喘ぎ出すと第二目標の大岩。約束の時刻まであと30分。
勾配が緩み、薄い踏み跡が右カーブすると溝道が現れました。
(10:55)

 溝道と登山道が交差する稜線に出ました。パーティが来る気配はありません。もう登頂してるでしょう。

 北へ歩きます。籔っぽいのですが、ルートは確保されPPテープを辿ります。
(11:20)


 山頂二等三角点の向こうに『わ〜』笑顔の皆さん『ジャスト』間に合いました。鍋パーティが始まるところです。
(11:30)〜(12:20)


 東に切り開きがあり、展望は隣のブンゲン(写真中央)1260m。おかしな雲が空を支配。

 稜線はブナなど広葉樹林で落葉の道です。春のGW頃はイワウチワの大群生が見られます。780mピークを越え、踏み跡を辿ると‥

 『ナメコ!』女子は感心するほど見つける。右斜面を降っると乾燥したナメコ『下に池がある!』確かに、写真左端の灰色がそれです。


 稜線から下降する箇所に目印テープが10個も付いています。池を確かめてみましょう。急傾斜を斜めに降りると‥
(13:00)


登山道から右へ歩くと池を発見しました。
カール地形のように斜面が囲み10m×6mくらいの浅い池です。
写真上方が池を見つけた稜線です。

女子は池より、天下衆知ぬらめくナメコを発見して喜ぶ。
ごっそり収穫し大満足。
(13:05)

 降りて行くと覚道(カクドウ)上人入定窟(ニュウジョウクツ)。覚道は一切経を求め唐へ渡り、宿願を果たしました。

 その後、自ら断食をし念仏を唱え入定した岩窟です。鎌倉時代後期のこと。降ると遺構群に次々と出合います。
(13:15)

  大吉寺跡の遺構図の中央上に入定窟、降って干上がった閼伽(あか)塔跡鐘楼跡、この↑本堂跡経々跡と跡ばかりです。スケールは大きく、昔々山中によくこしらえたものです。(13:20)
  奥に頼朝供養塔があります。この新しい案内板、支柱にの仕業か、ひっかき傷! 塔の上部にボーリング大の丸い石が収まっています。平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指し落ち延びました。当時、13歳の頼朝は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれてます。

 後に鎌倉幕府を開いた頼朝は、塔宇(トウウ)を再建し寺領を寄進しました。その時代、大吉寺は隆盛を極めたとのことです。戦国時代に六角定頼(サダヨリ)の兵火を受け、織田信長の兵火によって焼失。下山にかかると‥

 近江盆地の長浜市が見えました、上が白く写る琵琶湖。右上方で薄く写るピークは、武奈ヶ岳1214m。

 降ると、石をくり抜いた手洗鉢

こちらも広葉樹林で、11月中〜下旬は紅葉パラダイスでしょう。
先の人が、仁王門跡で休憩中。夏草の頃は、ルートの難度が少し上がるようです。
(13:40)


 急降となり、植林に入ると木橋で右岸へ渡ります。再度左岸に渡り、水道ホースを追い右岸に渡ると‥
 

 大吉寺本堂裏に出ました。絵地図では、山門前に下山のはずが? ホースを追ったのが間違ったようです。

 本堂では、古刹巡りのツアー客が静粛に住職の話を聞いています。
(14:05) 


 山門前から川の左岸にある旧参道を降ります。向こうが駐車場。緊張と緩和、充実した周回でした。
(14:15)

 山頂にて‥
左より風花さん、kayoさん、ジオンさん、木、山たまご、みれさん、SIVAさん。みなさん、お世話になりました。ありがとうございます。


東海岳行
   “幸せの宝箱  

 2009年「コルテオ」以来、シルク・ドゥ・ソレイユが名古屋に来ました。1984年、カナダで誕生したスーパーサーカスですが、1992年に初公演し今回で9度目です。今回は3月に友人から連絡が入り、即座にグループ券の予約を取りました。

 土日祝のSS席、殆どがSS席ですが1人13000円のチケット料金。グループで平日4人分をまとめ買いすれば、1人10000円とお値打ちになります。名古屋公演は、11月23日(水)〜来年1月22日(日)で11月30日(水)にしたのですが満員でした。

 車は会場隣のナゴヤドーム駐車場に。中日の試合がある時と同じ料金で公演時間内2500円と高め。グループ券で得した分が出て行きました。観光バスで遠路来られる人もいて30分前でも開場前は大変な人の列が続いています。殆どが予約の人で当日券売り場はこんな感じです。↓


 今回のタイトルは「クーザ」宝箱という意味です。少年イノセントに大きな箱が届き、彼の心の旅を描きます。箱からかっこいい縦じまの服を着たトリックスターが現れ、少年を「クーザ」の世界に導く。その住人達は、愉快・孤独・緊張・集中・華麗・迫力・調和・スリル・パワーと個性的。 

 11のアクロバット・パフォーマンスと楽しいクラウンを融合させた演出。開演前、何人ものクラウンが客席を走り回って笑わせます。怯えた少年が驚きと感動の世界「クーザ」の虜になりました。席は前から3列目で申し分なく、目の高さがほぼ舞台なので見上げる感じで迫力があります。

  7mの高さまで椅子を積み上げるバランス技、人間ピラミッド、驚愕の軟体少女、地上4.5mと7.6mに設置されたダブル綱渡り、巨大なホイールが回転し頂点で空中に浮かぶスリル技‥



 1時間で前半が終わると30分休憩。シルクに来たらこのチュリトスを食べるのが楽しみです・(1本350円) 御土産も買わなくてはなりません。スポンサーがダイハツなので売店前にデモカーが展示してあります。

 後半‥シルクは生バンド演奏で女性歌手が二人います。舞台中央でドラムソロがあったり、クラウンのマジックや御客を舞台に招きスリ芸で見せます。ひとつだけネタばらし、途中、独りの観客が突然、空中に浮き驚きました。そのためだけの仕掛けなのですごい。

 後半も1時間あります。フィナーレは、出演者が全員出てきてご挨拶。近くで見たためか感動と興奮が中々冷めませんでした。後日、友人からメールが来ました。『いつも後方だけど今回は感激でした。君が教えてくれなかったらこんなことは知らずに終わったかも』小さな親切君。

 
 シルクは、今月からラスベガスで「マイケルジャクソン・イモーショナルワールドツアー」を公演。彼の歌をベースにしたもので20曲程度をフューチャー。実はマイケルは、シルクのショーをすべて見るほどの大ファンでした。米国と欧州のツアーは決まっていますが日本に来て欲しい。

2011.12.11(日)21:50