2012年10月15日(月) 堅牢な要塞「飛騨岩」が秋をまとう |
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今年の夏山の帰り道、いつもの山友、野良人さん・画伯・博士で紅葉山の話をしました。私が『三方岩岳は綺麗ですよ』と話せば、3人は未踏ということ。 そういっても私は白山スーパー林道の駐車場からのお気軽登山しかありません。画伯は『そこは行きたかったんだよなあ』と乗り気です。これで決まり。 3人は健脚なのでロングコースを計画。秋になり毎日紅葉情報をチェックしていると10/13(土)、ニュースで三方岩岳が見頃になったと報じています。 翌日、10/15(月)の山行メールを発信。集合すると上天気で気分はウキウキ‥東海北陸自動車道白川郷ICから白山スーパー林道へ入ります。 教科書は中日新聞社刊「東海・北陸の200秀山」です。参考書は「夫婦でテクテク登山」さんにお世話になりました。 |
<駐車場> [-]広域図、[+]詳細図、ドラッグスクロールで移動 |
※赤線はGPS軌跡 ※●は主な分岐 ■「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第98号)」 |
江 南:午前5時30分発 晴れ/14℃ 駐車場:午前7時45分着 晴れ/8℃ |
三 方 岩 岳まで:3時間10分(以下小休止含む) 野谷荘司山まで:1時間25分 駐 車 場 まで:2時間45分 所要時間:7時間20分 |
馬狩料金所前駐車場に置車。写真左端が登山口で、右上に馬狩荘司山が見えます。 (7:55) |
白谷の流れを左に下草の茂る道を歩くと右に標柱発見。右へ行き、斜面に取付けば、良く踏まれた登山道です。(8:10) |
明るいブナ林となり絶好調の登り。充分身体が温まった頃‥ |
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白川郷展望台への分岐に出て寄り道します。東に少し降れば‥ (8:55) |
四等三角点の展望台。スーパー林道蓮妙茶屋Pの観光客が多く、東に眺望があります。 (9:00) |
分岐杭「甚四郎池150m→」から行くと、野良人さん、『お〜!素晴らしい』 水面に紅葉が映り込み、池が輝いてる。 (9:45) |
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←1586.3mピークの四等三角点を過ぎます。 標高の高まりと共に植生が変化してきました。 三方岩岳の飛騨岩がどんどん大きくなります。 そこは最高点1736mですが、登山道は飛騨岩を避け北端を巻く。 |
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越中岩へ向かいます。大岩壁には、行者窟があるそうです。もう一つ加賀岩があります。 其々の岩壁が、岐阜・富山・石川へ向き、山名の由来です。(北から→) |
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「三方岩神」と記された標柱。観光客も登山者も記念写真をここで撮ります。ここは加賀岩の上でしょうか。 (11:05) |
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南西の逆光に白山2702m、直線で13km。三方岩岳から稜線は、遥か白山大汝峰へと辿り着きます。 |
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秋陽を受けた山頂の南斜面は燃えるようです。山頂を楽しんだら‥ |
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分岐まで降り、「野谷荘司山→」の道を進みました。飛騨岩を登り、振り返ると山頂の賑わいが見えます。 北西の展望は、右端が大笠山1822m、中央の尖峰が笈ヶ岳1841m、その左の丸い峰が仙人窟岳1747m。 |
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最高点1736mに着くと道は崖縁になり、高度感たっぷりです。 |
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南へ延びる稜線の途中で12時の空腹チャイムが鳴りました。『ここ、きれいだな』 馬狩荘司山手前でランチ。気温は20℃、無風でこれ以上の贅沢はありません。 (12:00)〜(12:35) |
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少し登ると馬狩荘司山1704mピーク。山名標も何もありません。三方岩岳から標高が32m下りました。 (12:40) |
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このルートは50m〜60mのアップダウンが続きますが、それほどきつさを感じません。紅葉は落葉がなくまっ盛り 野谷荘司山と下山道の鶴平新道の分岐に近づくと鶴平新道が降る尾根が見えました。斜面が大きく崩れています。 |
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その分岐は赤頭山と呼ばれる展望のジャンクションピークです。 奥中央が猿ヶ馬場山1875m、その少し左で尖っているのは籾糠山1744m。 下は富山湾に流れる庄川、鳩谷ダム湖が見えます。リュックをデポして‥ (12:55) |
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野谷荘司山(ノダニショウジ)二等三角点山頂。山頂南の麓が野谷の地名、荘園の司とは一番高い位という意味。 白山に近づいたのですが、雲が掛かってしまいました。 (13:10) |
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赤頭山まで歩き、鶴平新道で東へ降ります。(13:25) ←始まりは、大きく崩れた斜面ギリの道です。 すぐ痛快な展望の尾根道となり、迷いようがありません。 展望が良い道が続き、眼下に世界遺産白川郷が見えます。→ 中央から右へ合掌造りの集落です。 |
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1602mピークで灌木が出て来ました。振り返ると尾根は柿色の絨毯。まだ鶴平新道の1/5しか来ていません。 (13:45) ここで小休止していると単独の方が登ってこられました。奇遇です。(このお話は下段の道草で) |
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標高1200m辺りからブナの原生林が始まり、1050m付近にブナの巨樹。2の枝が太く、迫力があります。(14:55) |
変形したブナも現れ、この木はエイリアンのような趣です。奇怪なキノコ?が取り付いてましたが、グロイので道草の最後に掲載します。 |
850m辺りまでブナ林が続きました。赤頭山から2時間、大杉横にお墓を見れば大窪登山口です。 (15:30) 廃村の大窪地区で飯島林道を北進すると馬狩交差点。そこを左折します。坂道を登ればスーパー林道の駐車地。 (15:55) |
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先輩の山仲間をご紹介させていただきます。右から‥ ◆野良人さん:健脚。岩登り、藪こぎ、高い所が好き。 ◆画伯:絵の先生。登山道の足さばきが美しい。山小屋で働いた経験あり。 ◆博士:歴史、科学、政治経済など博識なテニスプレーヤー。20年新聞を読んでません。 |
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東海岳行 |
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“鶴平は父です” | |
今回は三方岩岳〜野谷荘司山を巡り、下山はジャンクションピークの赤頭山から鶴平新道を歩きました。赤頭山から20分で1602mピークに着き小休止。すると単独の登山者が登ってきました。スラリと背が高く、腰にナタやノコギリ、手には生木の枝を杖にしています。 いかにも地元の方のいで立ちですが、立ち止まられたのでお話ししました。14時なので『どこまで行かれるのですか?』『赤頭山辺りまで行くつもりです』 それなら無理はありません。地元ではなく愛知県の西尾張から来られました。『私達も愛知の東尾張からです』 明日、白川スーパー林道入口交差点の鳩谷八幡神社で開催されるどぶろく祭りに参加するため帰郷されたと言われます。やはり地元の方でした。あらかたお話も終わり別れます。 私が『馬狩料金所から北縦走路を登り、この鶴平新道で下山します』と言うと『鶴平は父です』『え〜え!』衝撃的出合い。鶴平新道を造られた鶴平さんの息子さんにその道でお会いするとは‥思いもかけないことです。またお喋りが続きます。 鶴平さんは40年前の昭和37年、廃道となっていた白山禅定道を5年の歳月をかけ整備し開通させました。豪雪地帯なのでご苦労は大変なものだったと思われます。(白山スーパー林道は、36年前の昭和51年開通)そればかりではありません。赤頭山から白山までの登山道を整備しました。 また私達が歩いた馬狩料金所から三方岩岳まで北縦走路を整備し、更にそこから西4km、石川県の姥ヶ滝まで登山道を延ばしたのです。鶴平さんは、大きな声で笑う元気な方だったようです。 鶴平新道は大窪地区の登山口から始まりますが、その地で民宿「大杉」を合掌造りの自宅で営まれていました。その頃、トヨタ自動車が集団離村した馬狩地区(マガリ)の合掌集落を買い取りましたが、鶴平さんだけは売らずに民宿を続けられます。 昭和56年豪雪でトヨタ自動車の購入した合掌集落は1棟を残し全壊しました。白川郷が世界遺産となった現在は、2005年から地区一帯はトヨタ白川郷自然学校として運営されています。その後鶴平さんが亡くなり、20数年前息子さんが山仕事で留守している時、民宿は火災で焼失しました。 今は小さな合掌造りの蔵(上左)だけ残っています。鶴平新道は、広大なブナ林を通る健脚向けロングコースですが、40年経っても寂れず残っているのがすごい。メンテされている方に感謝。 白川スーパー林道の蓮如茶屋から白川郷展望台へ上がる階段横に8基の石碑が並んでいます。(右) 公社や白川村などの石碑が並ぶ中に個人として唯一「大杉鶴平翁顕彰碑」(3基)あります。白山の主と呼ばれた鶴平さんの功績は語り継がれるでしょう。 鶴平新道大窪登山口の大杉横にお墓があります。(岳行ノート最後のコマ)「大杉家代々之墓」と刻字があり、そこで鶴平さんの名は大杉鶴平さんだったことが分かりました。 遺骨は今はこのお墓から移動されたそうです。大窪登山口から馬狩登山口まで近道があるそうですが、分かりませんでした。さて左写真は鶴平新道の奇形のブナに取り付いていたキノコ?です。20cm以上の大きさがあり、ドロドロ動いているように見えました。 |