2014年8月28日(木) 負けないツマグロヒョウモン アプローチの集落にて |
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リュックの詰め方で分からないことがあります。重いものを上に入れると軽く感じますが、バランスを崩すと振られることがあります。 重いものは、外側か背中側か? 背中側の方が背負いやすく安定します。最初に戻り、上か下か‥間を取って真ん中? ん〜、今週もお天気はすぐれません。以前からキープしていた京塚山に決定。場所は郡上八幡から高山へのせせらぎ街道(475号線)東です。 東海北陸自動車道の郡上八幡ICで下り、吉田川沿いをせせらぎ街道で北上。ICから9kmの初納交差点を右折して吉田川を渡ります。 教科書は、風媒社刊「岐阜の山旅100コース/美濃(下)」です。参考書として多くのホームページのお世話になりました。 |
<駐車場> ドラッグスクロールで移動 大きい地図 [+]詳細図、[-]広域図 |
↓ 三角点(中上) ↓ 谷道へ ↓ ▲京塚山 P854m ↓ 展望台 ↓ 高雄山登り口 ↓ 公共駐車場 ※赤線はGPS軌跡 ●は主な分岐点 ■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」 |
江 南:午前8時05分発 曇り/23℃ 駐車場:午前10時05分着 曇り |
往:2時間25分(山頂まで、小休止含) 還:2時間00分(ランチタイム除く) ◆所要時間:4時間25分 |
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口明方小学校(クチミョウガタ)北の公共駐車場に置車。「口」は川の下流とか村の入り口の意味です。 小学校では、毎年6月に5年生が京塚山登山をします。 (10:15) |
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北へ歩くと東に集落を見守る特徴のあるコブ頭。 あの京塚山頂上とのここの標高差は560mです。アプローチの途中に‥ |
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高雄神社へ寄り道。文化財の「市島の舞台」は唐草模様の彫刻で飾られています。回り舞台がある本格的なものです。(10:25) |
次は、神社の西で四等三角点を探しました。川岸、ようやく見つけられ嬉しい。20分ばかりの道草でした。(10:35) |
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集落東の高雄山東登り口。初めは草が覆うので心細い。奥の獣害防止ヘンス扉を開閉して植林下の道へ。 (10:45) |
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間伐材が転がりますが、踏み跡は判別できます。ヒルに要注意。山腹から右尾根に移り、ジグザグ高度を上げます。 |
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迷うことなく40分、汗だくでメインルートに合流。奥左に「高雄山山頂」の指標、左折して西南尾根道を登ります。 (11:25) |
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削平地が3段、昔、七堂伽藍があったと伝えられます。4段目の高雄薬師堂跡の祠とお地蔵様に一礼。 (11:35) |
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尾根端を行くと、この尾根道とトラバース道の分岐点です。ガイドブックの案内する右のトラバースへ進みます。 (11:40) |
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タマゴタケの姫様が、斜面で異彩を放っていました。美しい真紅の姿態が妖しい。 食用できそうですが、危うきに近寄らず。所々で欠けた道を迂回し、倒木を跨いで進むと‥ |
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小谷に出合い、谷を直登。10分登ると右にピンクのテープを発見。谷を離れ、右尾根に取りつくと踏み跡があります。 (11:55) |
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山頂から来た南尾根の鞍部に出て、北方向の山頂へ。大岩を巻きながら辿り‥ (12:30) |
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京塚山山頂には、1mの石碑があり「文治二年高雄〜」の彫字。1186年・鎌倉時代(828年前)と思われます。 右下のセメント製円筒形は、麓の方が81歳を祝って昨年、運ばれました。南西に切り開きがあり‥ (12:40) |
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里写真を撮影、、、吉田川が郡上八幡の中心地(写真上方)へ延びています。 田園の最下部右に口明宝小学校の校舎。登頂した子供達が、学校を見て万歳しそうです。 左上奥は、高賀山1224m。北のP854mへは、往復20分行ってみます。 ガイドブックは、P854mが山頂ですが、樹林で展望はありません。 地形図は、P863mが山頂、山名標もあります。⇒ 風に吹かれランチ。 (13:15)〜(13:45) |
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下山は、整備された登山道で。傾斜がきつく、トラロープが続きました。子供達の安全登山のためと思います。 |
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15分続いた補助ロープ、設置ご苦労様でした。突然、伐採地に出ます。第二展望台は、山頂で見た眺望です。 (14:00) |
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自然林を50m標高を下げると、右に切り開かれた第一展望台。丸太のベンチで北を観望できます。 (14:10) |
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(左)ハナガサイグチ:明るく美しい黄色。小柄ですが小さな子が寄り添っています。 (中)シロオニタケ:純白、そしてトゲだらけ、頬ずりしています。でも面妖なキノコ。 (右)不明:ベニタケか、先述のタマゴタケでしょうか? |
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東登り口分岐(14:20) 掘道を降りていきます。獣害防止ヘンス扉を開閉。鹿の移動が制限されヒルが減ったら嬉しい。 |
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下に林道が見え、水槽に降りました。そこは「高雄山登り口」。ヒル点検、運よく出合いませんでした。 (15:00) |
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里で82歳のお爺さんとお喋り。『81歳で登られたのですか、凄い!』『でも、もう登れないなあ』 少し寂しそうです。 (15:10) |
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東海岳行 |
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“五箇山” | |||||||||||
白川郷は何回も訪れています。世界遺産になる前もその後も‥ 19年前の1995年、世界遺産になった時、欧米の石造りと異なる木造家屋で選定されたことを誇りに思えました。遺産の正式名称は「白川郷・五箇山の合掌造り集落」です。私はもう一つの世界遺産五箇山へは一度も行っていません。 東海北陸自動車道の白川郷ICから次の五箇山ICまで車で15分の距離。岐阜から富山への県境越えとなります。その心理的ゲートもあり、白川郷で十分満足したので、合掌作りを2個所見る気持ちにはなれなかったのです。申し訳ないことをしていました。 白川郷の荻町集落は、60棟の合掌造りがあり「大規模」です。五箇山は相倉集落(アイノクラ)と菅沼集落(スガヌマ)の2個所にあります。相倉集落は20棟で「中規模」、菅沼集落は9棟で「小規模」です。このような集落の多様性から3か所が選定されました。
いずれにせよ世界に誇る遺産です。我が家から150km、2時間の距離で遠足に行くことにしました。五箇山ICを下り、国道156号線出合いの信号を左折すれば、1kmで菅沼集落の新駐車場です。昨年まで細い道を下りる不便な駐車場だったのですが、今春できたばかり運が良かった!料金は500円。 エレベーターを下りてトンネルを歩けば、集落です。江戸時代、ここは秘境で流刑地でした。合掌造りは、豪雪地帯という厳しい環境に耐える住まいであり、養蚕や塩硝作りの仕事の場でもありました。五箇山民俗館と硝煙の館(2館300円)に入館して往時の山村の伝統的な生活を見学しましょう。 幕府の目が届かない地で火薬原料の塩硝造りは、300年以上続いた産業です。加賀百万石、やることはやっていたのですね。お腹が空いたので合掌造りの食べ処で手打ち蕎麦をいただきました。標高は330mですが、緑に囲まれた山の中は涼しい。蕎麦も美味しい。
裏の庄川へ行くと流れの上に「かごのわたし」が再現されていました。アクティビティならやってみようか、、、と思いましたが人形が乗っています。駐車場へ戻って全景を移す全景撮影スポットを探します。パンフにはその写真があるのでどこかな? 駐車場から国道を東へ歩くと案内板がありました。 車に乗り、国道156号線を東へ20分走ると庄川右岸の山裾の相倉合掌造り集落に着きます。ここも500円の料金。実際に居住されている住居が多く、合掌造りの相倉民俗館と伝統産業館に入館しました。(2館350円) 合掌造りの観光客ですが、白川郷では外国人が増加し年間140万人。
五箇山はその半分の70万人。家屋数が、60棟対29棟なのでそういうことになりますか。白川郷では、城山と言う素晴らしい全景撮影スポットがあります。菅沼集落にもあったのでここもきっとあるでしょう。すぐ見つかりました。駐車場に看板があり「徒歩3分」、畑を登れば汗をかきます。 汗をかいたらソフトクリーム。帰りに国道沿いの国重要文化財「村上家」に寄りました。江戸中期の大屋敷です。塩硝造りや和紙製造の資料を見て3階に上るととても広い。家主さんは住まず、近くに家を建てここを解放、店番しています。五箇山の合掌集落は、観光客が少なくゆったりと楽しめました。
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