岳行ノート

貧乏山 225m/愛知県蒲郡市

2017年2月19日(日)


貧乏山尾根道

(5人のライダーは、どのようにここを通り抜けたのか?)


 先回の岳行ノートの続きです。蒲郡市には、以前から二ヶ所、気になる場所がありました。今回はそこを訪ね、好奇心のダム湖を満たします。

 ヤフーの地図で愛知県を検索すると蒲郡市西迫町(ニシハサマチョウ)貧乏山という珍地名があります。そこに同名の低山があるのです。

 昨年、新聞で知り、山名に親しみを持ち、登りたくなりました。教科書の「愛知の130山」には掲載がなく、ルートわかりません。


 地形図にも登山道の破線がありません。貧乏山蒲郡市幸田町の境界なので、杭があると思いました。ネットで調べると境界を辿っています。

 山の南麓に建つ「素盞鳴神社」を訪ね、お詣りしてから登山しましょう。参考書は、「ヤマレコ/subchas8」さんのお世話になりました。
<駐車地>
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大きい地図


大学北駐車地

境界登山口

展望地

[?]東尾根探索

▲貧乏山

竹林

山腹トラバース

境界登山口

大学北駐車地

※赤線はGPS軌跡
●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


とぼねの里:   午前10時50分   晴れ/5℃
大学北駐車地:午前11時40分   晴れ/9℃
標高差:(40m→225m)185m
往:1時間05分(山頂まで、小休止含)
還:55分(ランチタイム除く)
所要時間:2時間05分

 蒲郡バイパス蒲郡西インターから県道323号線へ移動。竹谷神社南交差点を右折して西へ走ります。

 正面に江戸時代から貧乏山と呼ばれた山体が壁のようにそびえています。山名の由来は気になるでしょ。

 竹谷神社南交差点から二つ目の信号を右折して北へ走りました。300mほど行けば「素盞嗚神社」西の駐車場です

 正面で社号標を確認。は、一生縁がない漢字、「」でなく「嗚」です。「すさのお」と呼びます。

4回階段を上ると立派な拝殿。神社の住所も蒲郡市西迫町貧乏山です。
素盞嗚神社は昔、北西にある山頂付近にありました。貧乏山は神聖な場所だったのですね。
さてここから1kmほど西へ走り、愛知工科大学に向かいます。

 キャンパス北、農道スペースに停車。右の桜並木は、貧乏山南斜面で上に防獣柵が施されています。

 とりあえず車中でコンビニ・ランチを済ませ出発。西へ直進すると‥
(11:55)


 いきなり防獣柵の扉に出会いました。イノシシ・シカの侵入を防ぐためと説明があり、開閉して入ります。


 山沿いの舗装道を駐車地から300m歩くと写真右に階段の登山口。蒲郡市と幸田町の境界です。道標はありません。
(12:00)

 登山口の雰囲気から「藪がお迎えでごんす」を覚悟していました。足を踏み入れると全然そんな様子はありません。

 誘導テープがあり、道筋も良くわかります。


 登っていくと雑木林の尾根道となり、程なく傾斜は緩くなりました。立木のロープに足をかけ、『よっこいしょ』
(12:20)

西方向にお隣の幸田町が望めます。左は東海道本線三ヶ根駅周辺の家並みです。
ちょっと立木がうるさいのですが、贅沢言えません。落葉でもらった展望です。


 進むと思っていたとおり境界杭がありました。冬の厳しい空気はもう感じません。


 自然の歩む速度に謙虚に寄り添います。小春おばさんにもうすぐ会えるでしょう。想像以上によい道が続きます。

 この竹林手前に尾根の分岐があり、下山道候補に探索しました。南東に降る尾根は藪もなく歩けるようでしたが‥

 先でどうなるかわかりません。今日は下山後、もう一ヶ所寄る所(道草)があるので冒険は止めました。
さて、この山は江戸時代から貧乏山と呼ばれています。
郷土史所書に「干害や災害で年貢を納められない人が、領主の許可を得て入山が許され
雑木を切って薪や炭にして年貢に当てたり、町で売ったりして生計を立てた」と記されています。

生活に困窮した人が出入りした山なので貧乏山と呼ばれたのでしょう。
困ったときのセーフティネット、助け合い精神ですね。設楽町鞍掛山貧乏山だったようです。
戦時中にもこの山で薪拾いが行われました。松茸も採れたそうです。

 貧乏山225m山頂三等三角点登頂。大木の右に三角点。点名は、「塩津」です。山名板は見当たりません。
(13:05)

 登山道は、まだ北に延び、300mほど降れば三河湾スカイラインに到達します。

 南へ戻り、ピストン下山。山頂から5分、この岩場を過ぎると要注意です。1分ほどで尾根が分岐しています。
(13:15)

 西と南西に分かれ、右の西へ進むと見覚えがない光景。ハッとして正しい尾根に戻りました。なめてはいけない。

 コブに出合います。下山道は直進(写真右上)ですが、左下へトラバースの道筋が見えました。下山できるかな?

 どうしようか考えていると突然、爆音に驚かされます。
(13:30)

 オフロード・バイクが来たので立木に逃れる。『すみません』 5台が走り去りました。道が良く踏まれているわけだ。

 そしてトラバース道へ踏み込みました。しかし、そこから下山すると防獣柵で通せんぼだ。結局、尾根道へ戻ります。


 やがて登山口が見えました。よし、これで貧乏を超えたぞ。愛知工科大学のキャンパス沿いに舗装道を降りると‥
大学の野球部が声を張って練習中です。東方向、グランド越しの眺望が良く‥
左が五井山(ゴイ)454m、中央右が御堂山(ミドウ)364m、右端 砥神山(トガミ)252mです。

三座とも「愛知の130山」ですが、登頂しました。防護柵の網扉を開閉したら駐車地です。
もう一ヶ所の行きたい場所は、2時半までに着きたいので即、発車しましょう。
(14:00)

 何度も蒲郡市に来ていますが、必ず目に入るこの道路看板が気になっていました。多分、50ヶ所くらいあるでしょう。

 西浦不動無量寺ガン封じ寺今日こそ行きます。ナビを「蒲郡市西浦町日中30」に合わせると8kmです。

 
東海岳行
  “ガン封じ寺” 

 日本人の2人に1人がガンにかかります。確率だけでみれば夫婦のどちらかが、ガンになるわけです。他人事ではありません。1980年以来、死因の第一位はガン。医学は進歩していますが、ガンと聞くと誰もが死を意識せざるを得ません。「ガン封じ」無量寺に道路看板を確認して走ります。

 名鉄蒲郡線西浦駅から200m北上するとバスも停められる大駐車場。(下左) 境内入口には、いきなり高さ20m(下中)、中国西安の大雁塔(ダイガントウ)が1/3スケールで復元されそびえています。なぜ作られたか説明板はなく、コンクリ造りになんだか違和感を感じました。


 無量寺は、平安時代からの由緒ある古刹です。ご本尊は西浦不動、難病封じのご利益があります。絵馬奉納所には、参拝者が奉納した「ガン封じ絵馬」が鈴なりです。(上右) 木札には患ったガンの位置が人型に記され、住所氏名年齢も書かれ個人情報はご開帳になってしまいます。(下左)

 「願い事」は、「おじいちゃんのガンがなおりますように」「抗ガン剤の効力がありますように」「転移しませんように」切実であり思いは必死です。(下左) 本堂(下中)の周りには「ボケ封じ」「縁結び観音」の祠、「三河新四国霊場めぐり」等さながら祈願の百貨店。


 金500円で祈願奉納できるガン封じ絵馬を私も購入しました。(上右) 500円で恐いガンを封じられればありがたいこと。本堂内陣に上がると住職は、ガン封じ3000円のVIPコースを祈祷中でした。私は今回、エコノミーコースにします。人型に「全身」と記入して絵馬を受付で渡しました。

 左に無量寺最大のアトラクションがあります。中国にある石窟寺院をモデルにした洞窟巡り戒壇巡り善光寺で体験しましたが洞窟巡りは初めてです。その「千佛洞めぐり」は何と入場無料! 何しろ寺名が無量寺。入口におびただしい数の旅行社のツアー・バッジ。『何でやねん』(下左)


 通路に入れば、ほの暗く香ばしい。石壁に仏像が彫られ全部で千体あるそうです。(上中) 角を曲がるとガンダーラの仏大日如来像が安置され、痔病封じ仏、中気封じ仏、水子地蔵など次々現れる。浮き世離れしたディープな世界に浸れます。5分もかからず入口の隣にある出口に着きました。

 本堂に戻ると松本から20数名の団体ツアー客が座られています。住職の「ガン封じの説法」が始まりました。(下左) 説法の評判は良く人気です。駐車場の案内板には「がん予防の無料法話、毎日随時10分間」と表示されていましたが、実際は団体客向けでビジネスに徹しています。


 団体は2時半以降に到着するので私もそれに合わせて登山を済ませました。説法はガンに関わる宗教的なものではなく、『サンマを大根おろしで食べるときはレモン等酸っぱい物を加えること』など食生活中心のお話。住職はご高齢でマイクを口に付けてお話しされるので良く聞き取れません。

 上左写真の背後には、大量のガン封じ絵馬が積まれ、数えるとざっと1600枚。本堂を出てガン封じ堂(上中)に行くと外壁・内壁に祈願の絵馬。「ガンが再発しないよう守ってください」「ちゃんと治りますように 負けるなガンバレ!!」 命の分岐点では願わずにはいられません。


 色あせた絵馬はなく新しい物ばかり。お寺全体では10万枚はありそうです。だとすると祈願料合計5000万円也。思いが叶うことを心から願います。ガン封じの無量寺は患者の最後のより所かもしれません。駐車場に戻ると奈良からのバスが来て、次のツアー客が到着しました。

2017.03.06(月)01:00