2017年4月10日(月) -鉄塔を乗せた仏ヶ平- 加太川より |
|
恒例の「ヒル下がりのジョニー」プレゼント企画が始まりました。驚くことに最初の応募で鈴鹿のヒル被害情報が入ったのです。はや! これはいけません。彼らの活躍前に鈴鹿山のピークハントをしなければ。いつものようにバイブルの紐を解き、未踏の山を探します。 その中から関西本線沿いの低山、仏ヶ平を選択しました。本のキャッチ・コピーは「大般若経塔の碑も立つ国道沿いの秀峰」となっています。 山は富士山形でかっこいいのですが、尾根に鉄塔が並んでいるのが惜しい。ところが、巡視路は具合の良い登山道で、利用して周回できます。 東名阪関ジャンクションから名阪国道に。向井インターで降り北へ。教科書は、西内正弘著・中日新聞社刊「鈴鹿の山 万能ガイド」です。 |
<駐車地> ドラッグスクロールで移動 大きい地図 |
国道25号線沿い駐車地 ↓ 堰堤×2 ↓ 鉄塔105 ↓ 鉄塔106 ↓ 赤鉄塔107 ↓ △仏ヶ平 ↓ 尾根分岐@〜D ↓ 国道25号線沿い駐車地 ※赤線はGPS軌跡 ●は主な分岐点 ■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」 |
江 南:午前07時45分 曇り/11℃ 駐車地:午前09時45分 曇り/12℃ 標高差:(150m→569m)419m |
往:1時間20分(山頂まで、小休止含) 還:1時間30分(ランチタイム除く) 所要時間:2時間50分 |
加太川の橋でTOP写真を撮り、国道25号線を右折。東へ700m走り右スペースに駐車しました。 ここは地形図に水準点マークがあり、小屋前に表示板も立ちますが、現物が不明です。写真右の斜面を登り‥ (10:00) |
|
JR関西本線上を越えます。非電化の単線!?‥(亀山駅〜加茂駅間) 鉄道の加太越は難所だったようです。 そして小さなコンクリ橋で沢を渡り、人工林へ入山します。 |
|
右岸沿いに登山道は延び、5分ほどで木橋・鉄橋・鉄橋の三連橋を渡り、さらに深い森へ進入していきました。 下山でこの先に降りるとは、この時は知るよしもありません。 |
|
やがて道は沢を離れて尾根へ向かいます。尾根口に中電の黄札が立ち鉄塔105を指示。 急勾配にプラ階段が丁寧に設置され、ふくらはぎは悲鳴を上げません。 この先も天に向かうのかと思うほどプラ階段は続きます。尾根を20分ほど登ると‥ |
|
鉄塔105に到着、横に191年前(江戸時代)の大般若経塔。インドの経典(全600巻)を読破した記念の碑でしょうか。(10:35) |
鉄塔周囲には網が張られています。そこに頭を突っ込んだ牝鹿(右下、写真加工)。まだ生きているような姿でつい最近昇天したようです。 |
痩せ尾根を進むとそれほどデンジャラスゾーンでもない坂に金網橋が架かっていました。ここからすぐに‥ |
|
第二目標の鉄塔106。ここは好展望で麓の集落やゴルフ場 南に尖峰錫杖ヶ岳676mが望めます。 (10:50) |
|
尾根道が続いたのですが、珍しくピークを避けたトラバースの道がありました。 |
|
すると再び金網橋。ここを登れば、5分ほどで立木越しの赤い鉄柱が見え‥ |
|
第3目標の赤鉄塔107到着。北東に展望が開け、右は未踏峰寒風(サムカゼ)461m。 左奥で平らな明星ヶ岳549mが、かすんでいます。曇りなのでこんな感じです。 (11:15) |
|
赤鉄塔から1分『ひょっこらほい』 仏ヶ平569m山頂は、展望は優れません。中電の黄札が山頂標代わりです。 テープが沢山巻かれた幹方向は、鉄塔108へ縦走する巡視路。私は周回なので巡視路に別れ、南尾根へ。 (11:20) |
|
下山は、ほぼ尾根道です。紛らわしい分岐が何カ所もあり要注意。踏み込むと登山道があるのでまずはひと安心。 幹に巻かれた古いピンクテープ、L型の赤白杭に励まされます。 |
|
本日、最大のデンジャラス・ゾーン。といってもガレ地の左を迂回すれば大丈夫。ここから少し降ると‥ (11:35) |
|
鞍部に出て、上が尾根分岐@のコブです。登ったら地形図の破線は南ですが、教科書通り右方向の南西へ降ります。 (11:40) |
|
今日は風が冷たい。尾根の途中に風除け場所を見つけランチにしました。 菓子パン二つの精進ランチ?を素早く済ませ再出発。 あせたピンクテープを追うとツバキの赤信号で足が止まります。 (11:50)〜(12:05) |
|
痩せ尾根になりました。根っこで滑らないように慎重に越えると要注意の‥ |
|
尾根分岐Aです。赤白杭の先で、尾根は西南(直進)と南(左)に分岐しています。左へ降りて10分ほど歩き、小さなコブに登れば‥ (12:20) |
そこが尾根分岐Bで南西(右)と南(左)に別れていました。右は落ち込んでいるので悩まず左を取り、降ります。すぐヒノキの大木。 (12:30) |
だいたい10分ごとに分岐が現れ、尾根分岐CはY字形です。南西(右)は駐車場から遠ざかり、南東(左)を取れば近づきます。 (12:40) |
尾根道は難儀せず歩けました。そろそろ往きの道へ降りたい。尾根分岐Dで下に沢が見えました。ここで斜面を斜降。どこに出るのか? (12:55) |
そこは、見覚えのある沢沿いの道。先に三連の橋が連なり、3コマ目の近くでした。歩いた道を戻れば‥ (13:00) |
|
程なく国道25号線の走行音が聞こえてきます。この国道と並行に名阪国道があるので、車は少ないようです。 周回は反時計回り。教科書通り時計回りした方が、地図読みは楽だったでしょう。でもミスがなくて良かった。 (13:05) |
|
東海岳行 |
|
“指当て” | |
昭和29年、新婚旅行で来日したマリリン・モンローが胃けいれんで体調を崩し、浪越徳治郎先生が彼女に指圧をしました。彼は指で押すと痛みが和らぐことを発見。昭和15年、35歳で指圧学校を開校し、指圧療法創始者でり名付け親です。最近まで指圧は、中国伝来の技術と思っていました。 私も腰や肩がこったときなど、自然に指で押したりもんだりします。先月、腰をやってしまいました。夜、寝具に横になり、腰のツボを親指で強くグッっと押す。『あ〜痛キモ』 気持ちよいのですが、指を離せば、これが元の木阿弥。痛みは身体がSOS出しているのでほっておけません。 ひどいとき、私は整体に行きます。整体師が、痛みを軽減するのは指圧です。私がうつぶせになっていると整体師は『ここですね』とツボを見事に探しだ、し弱く押さえます。本当は強い押してもらった方が、気持ちいいのですが‥。30秒から1分ほど経つと優しくそーっと指を離す。 家に帰るころ、痛みは減り体が軽くなるので、プロはさすがだと思っていました。再び寝具の場面に戻ります。その夜、私も整体師の押さえ方でやろうと考えました。親指を腰に当て強めにあちこち押す‥ 自分の身体ですから、すぐ『痛い!』と感じる箇所を特定できます。そこで押す力を緩め最小の痛みで止め、指を当てたままにします。その状態をしばらく保持すると『あら不思議!』 30秒くらいで痛みが消えました。同じように反対側もやり、他にも何カ所かやります。 押すのは長くても1分ほどで痛みはふっと消えます。その後、力を入れて押しても痛みは感じません。『不思議発見!』 これを「指当て」と呼ぼう。翌日、ひよこさんにうつぶせになってもらいました。足からふくらはぎ、首まで全身の痛みを探し指当てを施します。 やり方ですが、まずツボを探さなければいけません。最初、骨と筋肉の接するところや筋肉の中心点などを順番に強目に押していくとと、ひよこさんは、ある所で『いたい、いたい!』と悲鳴を上げます。 そっと力を緩め『最小の痛みは、これでいい?』と力加減を確認。 『痛みが消えたら教えて』‥‥‥『きえた』 ひよこさんは、驚くことに20カ所近くそのツボがありました。『身体、ボロボロじゃん』 全身で30分ばかりの指当て終了。感想を聞くと『ポカポカする。体が軽い。目が明るい』 私は素人なので指当てでいつ指を離すタイミングがわかりません。実は『きえた』と言われる前、指先に小さくドクドクと血が流れるのを感じます。 ハリのある筋肉が刺激を受け血液が流れ、溜っていた乳酸が流れ痛みが消えたのでしょう。ハリとは、筋肉を使いすぎてパンパンになった様子で、コリは使っていない筋肉が硬い感じのことを表します。数日後、ひよこさんに痛がった所を押しても、もう『いたい!』とは言いません。 指当ては持続力があるようです。最近、鈴之助(小6)が遊びに来たので指当てをしてみます。5年生からテニスクラブで頑張っていて、そこそこ痛みは訴えているようです。フレッシュな柔らかい筋肉なので、まさかと思いました。左ふくらはぎ、右ふともも、左腰、左肩甲骨、と4カ所。 筋肉疲労が残っていたのか? 早速、指当てしてあげると、痛みは取れました。元気にテニスして欲しいですね。 『また、痛みが出たら、指当てしてあげるよ』 しかし、速効回復の子供でも筋肉痛ってあるのですね。 さて私は指圧師から指圧を受けたことがなく実際の指圧の力加減は不明です。指圧ってこんな感じかもしれません。歯や腹が痛いと無意識に痛いところに手を当てます。それが「手当」という言葉の語源らしく「指当て」は、そのぱくり。 その後、鈴之助は、あそこが痛いここが痛いといって毎日のようにママやパパにマッサージをねだるようです。『ママ、腰が痛い』『ママは忙しいの。ハイさっさと横になって、、、』 力一杯押され『ちがうよ、強く押さず優しく押すんだよ』 子供らしい。 |