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2026年2月15日(日) ![]() 道コースの巨大な岩壁 |
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本宮山は、8回目となりました。登山道は、縦横に引かれ好奇心が湧きます。今回は、道コースと川田中央尾根で周回。 後者は急登の尾根道で下山コースにしました。結果的には、これが裏目に出ます。教科書は、東三河山ぽ会編「東三河の名峰本宮山」です。 東名高速豊川ICで下り、伊那街道からr21に移り、本宮道交差点で北上します。新晃製作所を過ぎると… |
駐車場 ドラッグスクロールで移動 大きい地図 |
稲木トンネル南口下P→誤:砥神神社(正:ちくさ神社)→▲本宮山→スカイライン→稲木トンネル南口下P ※赤線はGPS軌跡 ●は主な分岐点 |
| 江南発:午前7時25分 晴れ/9℃ 駐車場:午前9時05分 晴れのち曇り/11℃ 高低差:659m(130m→789m) |
往:3時間25分(山頂まで、ランチタイム除く) 還:3時間20分(小休止除く) 所要時間:6時間45分 |
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![]() しばらく離合不能の道。奥に新東名の橋梁手前に駐車地があります。歩いてその橋梁を潜ると… (9:15) |
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![]() 右手にダム。反対側の木に「天狗岩方面登山口」と手書された黄色テープが目印です。 (9:20) |
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![]() 谷沿いの道を10分辿ると中電の№54黄札が立ちます。斜面を登ると尾根に乗り… |
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![]() 登山道を南に外した所に鉄塔№54。東南に中央左手前:吉祥山382m、中央右奥:中山峠北P464mです。 (10:00) |
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![]() コブ下にひっそりと祀られた小さな祠は、ちぐさ神社だそうです。(TOP地形図の砥神神社は誤り) (10:40) |
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![]() コブを左から迂回して尾根に戻ると、迫力の大杉。更に尾根を少し登ると… |
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![]() 林道に出合いました。ランナー2人を見送り、「ふるさと自然のみち」標柱から右へ… (10:50) |
![]() 前の舗装道を100m登ると尾根への入口。5分ほど辿ると… |
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![]() 左・中・右と3本道の分岐です。中の豊川・新城境界尾根に別れ、右道へ。 (11:00) |
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![]() その道コースは整備された山腹道で勾配はきつくありません。TOP写真の大岩壁を斜面上に見ます。 |
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![]() 本宮川コースとのクロス地点に三本杉。 幹廻りが、「上6.6m、中7.1m、下5.9m」と刻まれたアルミ札。 この上の杉と中の杉を見ましたが、下の杉は? 左岸に移り… (11:35) |
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![]() 尾根をジグザグする道コースで急登。ルートは、はっきりしています。 |
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![]() 広場の休憩所が見えたらヤレヤレです。山頂まで腹が持たないので、ここでランチします。 (12:30)~(12:50) |
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![]() 砥鹿歩道橋を渡り階段を登れば、本宮山山頂789m一等三角点。 、撮影を諦めるほど、展望は霞んでいます。沢山の電波塔に別れ、歩道橋を渡ると先に… (13:00) |
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![]() 「砥鹿神社奥宮200m→」の案内板。左の広い道を登ります。上で左に折れ、細い尾根道を東に進むと… (13:15) |
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![]() スカイラインに出合う。車道を外して歩きたかったけど、車道縁がタイパで正解。ヘアピンカーブはショートカット。 (13:25) |
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![]() 旧料金所跡地手前で林道を入り、川田中央尾根で南へを下山します。 (14:00) |
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![]() 尾根には杭が打たれ、3つ目で南東から南に進行方向を変更。急降もあり、時々テープも見ました。 |
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![]() 突然、林道が出現することもあります。このコースは、登りの方がルートを見つけやすそうです。 |
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![]() シダ藪が出てきました。 直進するところですが、気付かぬうちに右へ寄ってしまい痛い目にあいました。 |
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![]() その後は尾根を外さないように用心。下に砂利溜りが見えたら下降します。 (16:10) 林道をテクテクすれば駐車地です。 (16:20) |
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![]() 東海岳行 |
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江戸時代の偉人・伊能忠敬(1745~1818年/73歳没)の業績を紹介する「伊能忠敬/新しい地図の世界へ」が、1/31~3/29まで、豊田市博物館で開かれています。(月休・1200円) 行ってみました。彼が全国を測量して日本地図「伊能図」を作成。
50歳で千葉から江戸に出て31歳の先生に弟子入りし観測技術を勉強します。56才のとき幕府の許可を得て5人を引き連れ、蝦夷地など180日かけて測量。その後、55歳で第二次測量を行いました。
そして66歳のとき、幕府直轄事業となり人数も増え、測量先で藩の協力を得られるようになる。測量は第10次まで行われましたが、伊能忠敬は74歳で生涯を終え、歯は1本しか残っていなかったそうです。17年かけ地球1周分の距離を歩きました。
そただの時点で地図は未完成で伊能忠敬の死は隠されます。遺志を継いだ弟子たちの手で3年後に「大日本沿海興地全図」はようやく完成。江戸城に登城し地図を広げて上程しました。伊能忠敬の足跡を描いた映画はあるのでしょうか?
私は見ていませんでしたが、2022年「大河への道」(主演:中井貴一/原作:立川志の輔)という現代と江戸時代が交錯する構成で、U-NEXTで見られようです。あ~そこは契約していません。 |
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