この週末は、台風のお陰で山にはいけません。そんなとき、忘れていたことを呼び戻す出来事があり、また忘れてしまいそうなので大道草を作りました。お時間がありましたらご覧ください。
授業が終わると自転車に乗り、駅前のレストランに出勤です。夜8時まで皿洗いのアルバイトをしていました。店が閉まるとまた自転車に乗り、1時間かけて下宿まで帰ります。市街地から田舎へ走るのですが、ずーっと緩やかな登りです。18歳の私は30分くらいならガンガン漕げる。
でもそれ以上はきついので途中から車道をショートカットし農道に入って自転車を引き歩きします。街路灯が無いのでライト頼り。田んぼに落ちないように注意して行きました。すると暗闇に子供の声‥。両親とお姉ちゃん、弟の4人が向うを向いて立っています。
その前‥すごい!黄金の光の粒子が、数え切れないほど群れている。ホタルだ。私は自転車を止め『今晩は』と挨拶をして用水の小橋に立ちました。フワーと光が流れ、田んぼに消える。お父さんが『昨夜はこんなにいなかったけど今日は沢山光ってる』と話しかけてきました。
『生まれて始めて見ました。綺麗ですね』と応える。光の劇場は、私たち5人の観客のために上演されています。感動してそこを動けません。1匹が弟の服に止まりました。その子が、手の平に乗せても逃げない。私も3匹捕まえ袋状にしたハンカチへ入れ、下宿へ大事に持ち帰りました。
翌日から夏休み、入学して初めて帰省をします。昨夜ホタルを捕まえたのは、弟たちに見せてやろうと思ったのです。紙箱に葉っぱとホタルを入れ持ち帰ります。
汽車は、当時クーラーなど無く窓を開けて走る。時々箱の中を確かめます。次第に葉が乾燥してきてホタルは動かない。近くに水など無い。困って唾液を時々葉に垂らしました。今なら故郷の名古屋まで半日ですが、その頃は一日がかりです。
夕方、家に着くと高校生と中学生の弟が寄ってきました。『いいもの見せてやろう。電気消して』箱を開ける。ホタルは動かない。暗くすればホタルは蛍光塗料のように光ると思っていました。『やっぱり死んだのかなあ』仕方なく裏庭に中身を捨てます。
夕食後、母がスイカを切ってくれました。縁側に座り兄弟で食べます。突然、中学生の弟が『兄ちゃん、光ってる!』視線の先を見ると確かに三つの光が裏庭でほのかな輝きを放っています。しばらくするとフワフワ飛び回るようになり、やがて大きく舞い上がり隣家へ消えてしまったのです。
去っていった光を惜しむ弟に『ホタルは、小さな命を必死で燃やしたんだ』と私は、わかったようなことを言って面目躍如、得意満面。
やがて20年が過ぎ、家庭を持った私はホタルの飛ぶ写真を新聞で見ました。3人の我が子に見せてやりたいと思い、記事を頼りに車に乗り家族全員で出かけます。駐車場から歩いて小さな川まで行くと大勢の人で堤防にも流れが出来ているようです。
川岸を見るとホタルが、草の上に止まり強弱をつけて光っています。でも私が初めて見たときより随分密度が薄い。時々飛び回るのがいて子供たちは大喜び。堤防を歩いていると長女のスカートにホタルが止まった。私が手を差し出すと簡単に乗ってくる。
それを娘の胸に付け『光るブローチだね』と言うと照れ気味の笑顔を返す。帰り道を行くとすれ違うよその子供たちが胸のホタルを見て驚いている。娘はちょっと恥ずかしいけど得意そう。帰る時、川から離れる前に逃がしてあげると土手に消えました。
更に20年が過ぎます。嫁に行ったその長女から先日電話が入りました。
『お父さん、この前家族3人でホタルを見に行ったのよ』
『それは良かった』
『でね、川に着いたら、あれ?どこか見たことが‥そこね、お父さんと前に来た所だった!』
『そう小学生に行った時のこと、よく覚えていたなあ』
『うん、すごく嬉しかった』私も嬉しい。ほのかな光は、娘の記憶の小部屋を永く灯していたようです。娘が電話の最後に『お父さんと初めて見たときのほうが‥沢山いたよ』と言いました。私と同じだ。初めてホタルに出合った記憶が一番鮮やかに残っている。
もしタイムマシンがあったらホタルのブローチを付けた長女に逢いに行こう。そして教えてあげたい。『ゆうちゃんが、大人になって結婚して子供ができたら、きっと家族でこの川へホタルを見に来ると思う。ほら今夜のホタルの光をよ〜く覚えておくんだよ』『???』
不思議そうな顔の娘を見ると愛おしくて抱きしめたい。でもそんなことしたら川にいる大勢の人に見られるので彼女は嫌がるでしょう。しょうがない、ゆうちゃんの手をぎゅっと握って歩こう。‥空想は楽しい。
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