12   あっちゃんの親指”

 嬉しくも誇らしい岐阜県が日本一です。8月16日(木)多治見市光ケ丘の気象観測所で40.9度!会社で多治見の方がいて『あの場所は近くに国道が通っていて気温が高くなりやすい』と言ってました。一度その場所を見てみたい。

 先日、小津権現山でヒルが殆どいなかったのもこの暑さのせいでしょ。ヒルは35度以上になると瀕死状態になり、きっと落ち葉や石の下で暑さをしのいでいる。同じように家の周りから蚊が消えました。庭木を蹴飛ばすといつもなら葉の下からワーッと飛び出しますが、今やそんな蚊もいません。

 さて人間も35度以上で運動すると熱中症になることもあり、今週は無理しないで勇気ある?休山日にします。そこで少年時代の夏の思い出を綴りました。読んでいただければとても嬉しいです。



1.お盆


 
子供の頃、ぼくの母の実家では毎年のように法事がありました。でもお菓子やご馳走が食べられるうえ、親戚の従兄弟が全員集まるので楽しいイベントです。高校生のお姉ちゃん以外は男子が6人。中学生1年生のあっちゃんが一番上であとは小学生。そのとき、ぼくは小学4年生でした。

 みんな、あっちゃんの話を聞き、あっちゃんの後ろに付いて遊びます。そんなワクワクするお盆でも唯一気が重くなることがありました。お坊さんのお経を一時間聞くため正坐をすることです。読経が始まる前、みんなで足が痺れていやだなあと愚痴っていました。

 するとあっちゃんが得意そうに『痺れない正座がわかった!両足の親指を重ねればいい』と言います。素晴らしい、事実ならなら魔法だ。さすがあっちゃん何でも知っている。いよいよお坊さんが仏壇の前に進みました。大人たちはその部屋で座ります。ぼくたちは続きの和室にやれやれと腰を下ろしました。


2.読経

 年長ほど前の席なので、ぼくはあっちゃんの斜め後ろに座ります。あっちゃんは、自分が言ったようにきちっと親指を重ね、お尻を下ろしました。そして後ろに振り返り、みんなに『こうやるんだよ』と目で合図を送ったのです。ぼくたちは素直に従います。

 『*$○※★〜』お経が始まりました。

 ぼくは10分ほどその魔法を信じていましたが、効き目はさっぱりで痺れて苦しくなり親指を離します。あっちゃんの親指は、セメダインで付けたようについたまま。どうやら魔法が効いているようです。でも親指を見るとあれれ?真っ赤だ。

 20分過ぎるといよいよお経は絶好調、痺れは最高潮。あっちゃんの親指を観察していると驚くことに赤紫色に変色してきた。『腐ってきた!』しかし、ぼくの足もじっとしていられないほどの痺れ。耐えるだけの時間は、すごく長い。何か気を紛らさなくては‥

 右隣にいる一つ下のかっくんに顔を向けた。すぐ目が合ったので『あっちゃんの足を見ろと目で合図を送る。『@ @』かっくんは赤紫の親指に驚き眼を開く。『すごいだろ』『こんなの見たこと無い』と二人は目で話す。ぼくは、むくんだ親指近くに手を伸ばし、撫でたり指で弾くマネをする。ちょっとでも触ったら大変だ。

 かっくんは、手で口を押さえ必死で笑いを堪えている。ぼくは赤紫の親指をつまむマネ。口にそれを持っていき超小声で
いちじくとささやき食べる仕草をする。ブチャッと噴出したかっくんをみんなが見る。これ以上追い込んではまずい。

 『*$○※★〜』お経は続く。


3.中休み

 何か他ごとで気を紛らわさなくては‥。そうだ台所でスイカを冷やしていた。想像で食べてみよう。赤い三日月に塩を振り、一口ガブリと食べ種を『プッ』と飛ばす。食べ終わったらもう一つ食べる。もう一つ‥すると『あなかしこ〜、あなかしこ〜』嬉しいお経の最終フレーズです。

 これで中休みに入ります。長かった、耐えた。『なんまんだぶ、なんまんだぶ』全員で唱和する。でもぼくは、そう言わずかっくんに聞こえるよう『スイカたべたい、何個もたべたい』笑い上戸のかっくんはひっかかって
ブチャッと吹き出す。

 そして合掌したまま一礼します。そのときぼくは、早く足に新鮮な血を流したくて、お尻を上げ気味に頭を下げた。突然バランスが崩れ、顔が畳に突っ込む。慌てて両手を伸ばし、畳に手を突く。ところが左手があっちゃんのなすび色の親指をまともに押さえた。

 あっちゃんの上半身が、バネで弾かれたように伸び上がる。
パオ〜ン 悲しい鳴き声をあげ、左肩から倒れた。きっと足の中でジンジン電車が猛スピードで走っている。あっちゃんは、くすぐったさと痛さ、悦楽と苦悶の刺激に歯を食いしばり、横たわって握りこぶしで耐えている。

 『あっちゃん、ごめん焦ったぼくが右足を前に出し、立て膝で立ち上がろうとする。しかし充分痺れていたので体重をかけた瞬間、足の裏をジンジン電車が急行で走り出す。バランスを崩しあっちゃんのくの字に曲げた足の上に倒れこむ。

 一度ならず二度までも触れられたくない急所を襲われたあっちゃんは、チビッコゲリラを蹴飛ばす。ぼくは一畳ほどゴロゴロ転がる。上向きで足を曲げた姿勢で止まった。ぼくはそれからかゆみを撒き散らすジンジン電車から逃れられない。大声で笑うかっくんや弟たち、自業自得。なすすべもなく、電車が去るのを耐えるだけ‥


4.正座名人

 私の正座の痺れ癖は、長じた現在でも克服できていません。でも今は便利です。通販で“正座名人”が販売されています。ポイントはその高さで自分に合うものを見つけるのに少し無駄をしましたが‥

 こうして私は、あの夏のジンジン電車に出会うこともなくなったのです。今となっては電車の感覚は懐かしい気もします。でもやっぱり思い出のレールからは飛び出てこないで欲しい。


5.その後

 あっちゃんは、有名大学を出て役所勤めしています。かっくんは高校を出て少し働き『青年は荒野を目指す』と言い残し、欧州へ行ったきりです。もうあの時のように従兄弟が集まることは出来ません。今では少年時代は、遠い思い出ととなりました。

2007.08.19(日)21.03