16   沈黙の夫婦2”

 風邪がこじれ、どうにも山に行けません。この週末は、じーっと家にいて完全休養しました。日曜の夜『出て行ったかな?』脳部に居座っていた風邪菌に退却いただいたようです。それでいつものように大道草を作りました。“沈黙の夫婦”第2章です。読んでない方のため、第1章を最初に掲載しておきました。

 沈黙の夫婦 2007.11.23 

 今秋、長野に出かけたときホテルに一泊しました。夕食の予約時刻になりレストランへいそいそと二人で向います。案内された部屋にはテーブルが四つあり、私たちとほぼ同年代のご夫婦がそこに座って料理を待ちました。一応、懐石料理なので順に一つずつ運ばれます。

 『美味しいね』『何だろ、これ?』『どーやって作るのかな』など他愛もないお喋りをしながら食べてました。ふと気付くと4組中2組は、一言も会話をせずに料理を口に運ぶだけ。旦那さんは難しい顔してたり無表情だったり、隣室のけたたましい団体さんとは好対照。‥沈黙の夫婦だ。

 友人が似たような話をしてくれたことがあります。彼は子供たちが幼い頃は、よく家族旅行をしていたそうです。子離れしてから奥さんとしばらく温泉など行っていたのですが、その後なぜか夫婦旅行はまったく消滅しました。ただ奥さんは成人した子供たちとは旅行していたようですが‥

 ところが、どうしても二人で奥さんの田舎へ行く用事が出来ました。そこで実家まで長時間ドライブしたのです。その時のことを彼が半笑いで私に話してくれました。『俺たち実家に着くまで3時間、一言も喋らなかった。すごいだろう』‥沈黙の夫婦がここにもいる。

 話は変わりますが、以前テレビの「特命リサーチ200X」という番組が好きで欠かさず見ていました。その日のテーマは“すれ違う男女の会話”でした。男の会話の特質は一言で言えばプライド、ようは自分が相手より優位に立とうとする会話スタイル。私も男だからこれは良く分かります。私もそうですし‥

 例えば、会社帰りの酒席で『うちの部長は上向いて仕事してる』『あんなやり方じゃあ、どうなることやら』『好き嫌い人事は会社をダメにする』と愚痴ります。裏を返せば“俺の方が勝っている。自分ならもっといい結果をだせる”と同じ意味です。つまり自慢話ですが、女子はお見通し。そう私も言っている。

 自分が一番だとか、自分が正しいとか、プライドの高い男性はいくらでもいます。そういう人は、まさに男らしいさを剥き出している人だ。だからその人のプライドを傷つけると大変です。だから男の人と話すときは、その人のプライドに配慮すればうまく会話が出来るということです。

 さて女子の会話の特質は共感です。和を乱さず相手と協調しようとします。これを理解することは私には難しい。例えば会社で上司にひどく怒られた女子がいます。あなたに『頭にくるわ』とそのことを話し出しました。聞いた後『馬鹿だなあ、そういうやり方だと怒られる。事前に準備し、部長に確認するといい』と教えてやります。

 良くあることです。ところが女子はそんな助言を求めているのではないという。『あなた、上から目線で何言ってるの』とむくれてしまう。まず話をしっかり聞いてあげる。これが共感の第一歩。『遅くまでがんばって君は良くやった』と共感してその後でアドバイスをすれば、女子は気分がいいそうです。

 番組の結論は、男女が会話するには相手の特質に合わせると良いという内容でした。『あ〜もう少し早くこのことを知っておれば‥』と悔やんでも後の祭り。

 さて仕事場では日常的な男性のプライド会話を家庭にも持ち込んでしまうと‥ “おれ利口、おまえ馬鹿” “おれ正しい、おまえ間違い” さらに女子の特質である共感を無視し、奥さんの話にも聞く耳を持たない。こんな夫婦関係が長年続けば、愛で結ばれた二人はどのように変わっていくのでしょう。我が家では‥『う〜ん』

 先の友人が、この春ぽつんと私につぶやきました。『俺も仕事辞めたら山に連れていってくれないか』驚きました。彼は酒タバコ、そして大食漢です。その体重で今も膝を痛めているほど。とても山歩きの体型ではないし、元々身体を動かすことが嫌いでした。だからその頼みは余程のことだと思ったのです。この続きはまた‥
 
 
沈黙の夫婦2


 友人夫婦のことは、ある程度は感ずいていました。何十年もの付き合いだし、彼の奥さんともよく話しているので。

 彼らが夫婦だけで旅行に行ったとき‥子供が離れて久しぶりの夫婦旅行で華やいだ奥さんが、ホテルであれこれ彼に話しかけました。彼は生返事をしていたのです。翌朝も部屋で新聞を読んでいると奥さんが色々話しをしてくるので集中できません。そこで彼が言い放ったのです。『お前はうるさくてかなわん』

 それ以来、奥さんは彼と二度と旅行をしなくなりました。旅行どころか、それをきっかけに夫婦での外食、映画、お出かけも何かと理由をつけ避けたのです。

 私が彼の家に行ったとき、約束より早かったので留守でした。そばの公園で待っていると彼の車が、駐車場に入っていきます。何と奥さんは、後部座席から降りたのです。そう言えば・・・このところ奥さんは助手席に座わることはなかった。並んで座らないのだ。
 

 そんなことがあって彼から『俺も仕事辞めたら山に連れていってくれないか』という言葉を聞き、これはよほどのことだと察しました。私は『じゃあ、ちょっと話をしようか』と改まりました。『実は以前から気にはしてたのだけど、夫婦のことまで口出ししてはどうかと思い言えなかったことがある』

 私は静かに話し出しました。『以前、奥さんが風邪をこじらせて耳を患ったことがあったろ。あのとき本人を前にして君はこう言った。“俺が早く医者に行って来いって言ったのに行かないから結局耳がおかしくなってしまった。俺の言うことを聞いていれば良かったのに本当に馬鹿だ”

 君の言ったように奥さんも早く医者に行けばよかったと後悔してるはず。傷口に塩を塗るような言葉でなく“医者に行きたくても忙しがしくって我慢してたのだろうな”と言って上げれば奥さんは救われた。でもそうじゃなかった。君は自分が正しいことをあえて強調しただけだ。

 今までも旅行する時、どこに泊まるか、何を食べるか君が全部決めただろ。映画を見るときも決めるのは君だ。外食するときもそうだ。高速の渋滞にはまったとき“朝、お前の化粧が長かったからだ”と悪いのは奥さん ‥結局奥さんに対し“おれ利口、おまえ馬鹿” “おれ正しい、おまえ間違い”を貫いてきた。基準はいつも自分』


 実は奥さんから、愚痴を聞いていたので私の言っていることはそれを話しただけです。随分きついことを私も言ったものですが、彼は下を向いて黙って聞いているだけです。

 『奥さんは子供のために君の言うとおりにしてきた。でも手が離れた今は、もう従う必要がなくなったので不快な時間は避けている。これから君は自分の意志を貫いていくのか、それとも変えてもいいのか?生き方の分岐点だ。人生を一人で暮らすか、二人ですごすか‥幸い自分で選べることができる』

 『どうしたらいいんだ』と始めて彼が口を開きました。『プライドを抑えられるかかが一番問題だな。これから先、一人で暮らすのがいやなら奥さんに今までの “おれ利口、おまえ馬鹿” “おれ正しい、おまえ間違い”を謝ったらどうだろう。そして心を改めるから一緒にすごしたいと話してみたら。まだ遅くないと思うよ』

 彼は、また無口になる。

 『まあ、ゆっくり考えてみたら』私は席を立ち玄関を出ました。車へ向かって歩いていくと彼が玄関の扉を開け『俺、がんばってみるわ』と手を上げています。私も手を上げました。子供のとき、間違ったことをしたら親が注意してくれる。社会人になったら上司が注意してくれる。でも夫婦は誰も注意してくれないので。

 
 それから2ヵ月後、彼の家を訪れると『雑誌を見て五条川の桜を二人で見てきた』『次の週に山崎川の桜を見にいった』『来週は、遠出して高遠だ』と明るく話してきました。なんでも車で行かず、ウォーキングも兼ねて電車やバスを乗り継いで行ったとのこと。分岐点は一人でなく二人を選んだわけです。

 以前から彼は私たち夫婦のことを『お前たちはいいなあ、仲良く二人で山へ行けて』とよく言いました。何の努力もなくそうなったと思っていたようです。そうではなく私たちにもピンチがあったのです。それは来年のお話ということで‥

 なお、このお話はノンフィクションでもありフィクションでもあります。

2007.12.16(日)23.45