33  “ある恋の物語

 13週連続した岳行ノートは、今週はお休みです。そこでいつものように大道草をしたためました。よろしかったらお読みください。




 アピタの本屋さんへ行き「山の本」コーナーでしばらく時間をつぶしました。それから気になった本を探します。それは新聞で紹介していたのですが、タイトルが分かりません。

 最近巷で語られる新語を集めた本で「思い立っても近日中」(すぐやれないこと)「亀とスッポン」(よく似ている場合)というような言葉が載ったものです。結局見つけられなく、ひと息入れるため本屋さんを出て店内のベンチに座ります。

 すると本をキーにしてボンヤリとあるイメージが浮かびます。脳内迷宮を探し回り色々な光景を見つけては結びつけていると一つの思い出が蘇えりました。それが今回のお話です。




 私は社会人2年生のとき、お金が少し貯まったので車を買いました。初めてのマイカーは中古の軽自動車です。それがまた感心するほど故障を繰り返しました。そのため出勤前に勤務先近くの自動車修理工場へ出し、退社時に直った車を受け取ります。

 そこには専門学校を卒業したばかりの新米修理工さんがいました。ナイティーン・ナインの岡村に似た20歳の青年です。工場に行き彼に『帰りまでに頼むね』『分かりました』と言えばことは済みます。やがて彼の自宅を訪問するようにもなり、親しい仲になりました。

 時には修理部品が無く、退社時に修理が間に合わないこともあります。待つ間、私が道向いの喫茶店で時間をつぶしていれば、修理調整が完了すると彼がキーを持ってきてくれました。ある日、いつものように車を工場に持って行くと青年は『相談があるのですが‥』と真面目顔で話してきます。




 それは恋の悩み。彼があの喫茶店を利用するうちにそこで働くアルバイトの高校生を好きになったのです。打ち明けたいけれど、内気な彼は彼女の前では何も言えない。しかも彼女は、間もなく卒業するためお店を辞めてしまう。

 もちろん私もその子を知っていました。確かにすらりとして可愛いというより美人タイプの顔。きめの細かな色白の肌。ストレートな長い髪、すっきりした二重瞼、右唇の下に印象的な小さなほくろ。しかし、なんだかんだと言っても高校生です。私から見ればまだ子供。

 彼の相談は、苦しいほどの胸の内を伝えるためには、どうしたらいいだろうということです。そこで私は、手紙を書くように勧めました。そして青年の好きなギルバートが歌うラブ・ソングのシングル盤にそれを添え、彼女に渡したらと助言したのです。




 何日かして彼から電話があり、手紙を見て欲しいと言われました。稚拙な字ですが思いが伝わってきます。そしてレコードも用意してありました。その日、二人の仕事が終わってから喫茶店へ行き、奥の席に並んで座ります。

 注文を取りに来た彼女にちょっと対面へと坐ってくれるよう頼みました。『彼が君に渡したいものがあるからアルバイトが終わってから見てね』と言うと『はい』ニコッと笑う。彼が無言で渡すとペコッと頭を下げカウンターへ去りました。

 数日後、彼に電話するといまだに返事は無いとのこと。というか彼女はもう喫茶店を辞めたそうです。青年の恋は、こうしてはかなく消えました。




 数年後、私は故障続きの軽自動車に見切りをつけ、新車をローンで購入します。整備や点検で工場へは行っていました。でも彼との間で、あの恋の話をすることは二度とありません。

 ある日私は、本屋さんへ寄りました。いつものように漫画週刊誌を立ち読みし「平凡パンチ」の巻頭グラビアを楽しみます。次に「プレイボーイ」を手に取り、眼に飛び込んできたヌード写真にブッたまげたのです。白い肌、長い髪、すっきりした二重瞼、右唇の下の小さなほくろ‥『あの娘だ!』衝撃的な再会。

 写真をしみじみ見たあと棚へ戻し、数冊うしろの誰も開いていない「プレイボーイ」をレジに持って行き購入しました。紙袋に入った雑誌をトランク・ルームへしまう。一ヶ月後、オイル交換の時期が来たので自動車修理工場へ行きました。




 そして青年に黙って未開封の袋を渡す。『何ですか?』と怪訝そうに受け取る。『それ、あげるから見て‥』袋から雑誌を取り出しページを繰る。!!!彼の動きが止まった。『‥あのこれ、もらっていいのですか』『いいよ』大事そうに袋へ戻す。

 叶わぬ恋でしたが、青年は究極のものを手に入れました。しかし、ますます彼女のことを忘れないだろうなあ‥  彼と別れてから私は、いいことをしたのか悪いことをしたのか自問自答していました。

2009.7.6(月)00.05