大6 “ケーキと大福” 06.12.21
<第1話>
クリスマスは、12月25日でキリスト様のお誕生日。12月24日はクリスマス・イブで前夜祭。子供の頃、前夜祭が華やかで色々イベントがあるけれど、メインの誕生日が地味なのはどうしてかと不思議に思ったものです。もちろんサンタクロースが、いないことは当時は知っていました。それでも子供にとって今も昔もクリスマス・イベントは、待ち遠しいものです。
昔々、ぼくが小学6年のとき母が近くの工場へパートで働きに出ました。貧しかった我が家に少し余裕が出たようです。その年のイブにクリスマスケーキを買ってきてくれました。生まれて初めてのケーキが我が家に来たのです。四畳半の板の間にあるちゃぶ台にその箱を置きます。
長男のぼくが、箱から慎重に取り出して兄弟3人でケーキ見つめる。‥とても小さい。真っ白なクリーム、赤いローソク一本、何か書いてある板チョコ、赤いゼリー2個。そして渦巻きのクリームが周りを取り囲んでいます。食べなくてもわかる、きっと歯に甘さが染み入る。。。。。
『食べるのは、夕ご飯食べてからだよ』と母の見透かしたお達し声がかかる。
父は残業でいつも遅いのでケーキを横に置き、4人で夕食を始めました。
『残したらケーキ食べさせないよ』と駄目押しの檄が飛ぶ。4年と2年の弟も必死で素早い食事。あと片付けが済んだちゃぶ台にぼくがケーキを置きます。
『なに!もうケーキ食べるの?』あきれる母。それはそうだ、約束どおり残さず食べたのだから。
『片付けが終わるまで待ってなさい』
見ててもしょうがないのでぼくが、マッチで赤いろうそくに火をつけふっと消す。
『兄ちゃんボクもやりたい』弟たちもマッチを手にしてマネをします。誕生日の儀式とゴチャゴチャだ。
『しょうがないね、父ちゃんと母ちゃんの分を残して切って』と母が包丁を私に渡しました。我が家では、これ一本で果物も野菜も漬物も何から何まで切っています。ケーキを切るのは初めてで、包丁の晴れ舞台。‥とりあえず父母+子供3人の5つに分けなくてはいけない。『???』
しかし小6のぼくが、丸いケーキを5等分に切ることは不可能です。悩んでいると母が来て
『じゃ、4つに切って3人で一つづつ取って。母ちゃんと父ちゃんは残りの一つを分けるから』海より深い母の愛。素晴らしい提案に3人は、つるつる笑顔で喜びます。4等分なら簡単だ。
しかし重要な問題が残っています。赤いゼリー2つと板チョコ1枚の分配。ぼくはゼリーに興味がない。ここは長男の裁量で解決したいところです。弟にゼリーを一つづつをあげる。ぼくは板チョコを独占。すると末っ子がべそをかき出した。‥まずい。しょうがないので板チョコを半分に切ってさらに半分にしたものを弟二人に渡します。クオーターカットです。どうもこの取引は損だったような?‥致し方ありません。
ケーキの食べ方など知らないので手掴みでほおばります。当然、口の周りはクリームだらけ。本体がなくなると取っておいた宝物をチビチビ食べます。板チョコはほっぺたが痛いほどの甘さ。ぼくが『コレ、うまいなあ〜』と言うと弟がニヤニヤと笑う茶色の歯。
食べ終わって皿の上に母と父の4分の1ケーキが残っています。
『母ちゃん、はよ食べな』とぼくが呼びかけます。
『片づけが終わってから食べるわ』
3人でそのケーキをしばらく見つめています。辛抱たまらず末弟が
『母ちゃん、まだ食べんの?』と小さな声で言う。
『あ〜うるさいなあ。もう母ちゃんと父ちゃんはえ〜わ、3人で食べな』期待していた言葉が返ってきました。地球より大きい母の愛。シメシメ顔の弟たちの前で適当に三つに切り分けます。結局、子供たちは母が買ってきた小さな幸せを全部腹袋に収めてしまったのです。
今、思うとあのクリスマス・イブの夜、我が家にはサンタクロースがいました‥母です。
母にあの夜のありがとうを言いたい‥‥‥でも、もうぼくたちの母はいない。 |