岳行ノート
大佛寺山  807m/福井県永平寺町


2016年6月15日(水)


登山道に咲くササユリに励まされる




 水曜会のジオンさんからお誘いをいただきました。この時期、パーティの山行日を決めても当日好天に恵まれるとは限りません。

 梅雨前線が丁度南下したようで天気予報では、青空に恵まれそうです。目指すのは、福井県の名刹永平寺東2kmに聳える大佛寺山

 西に車をデポし、東から縦走して永平寺ダムへ下山するコースで水曜会にぴったりです。現地への車の走行タイムは2時間ちょっと。


 朝7時集合なので前夜泊します。北陸自走車道北鯖江PAでお泊り。翌朝、福井北ICで下り九頭竜川を東進、藤巻集落を抜け吉峰川を南へ遡ります。

 今回は、6名のパーティとなりました。教科書は、山と渓谷社刊「新・分県登山ガイド/福井県の山」です。
<駐車場>
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大きい地図



吉峰寺駐車場▲祝山△仙尾山→血脈ノ池→▲大佛寺山→虎斑ノ滝→大佛湖駐車地


※赤線はGPS軌跡  ●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南発:前日午後7時30分   曇り/25℃
北鯖江PA:前日午後9時30分  曇り/21℃
吉峰寺駐車場着:午前7時55分 晴れ後、曇り/16℃
往:3時間50分(大佛寺山まで、小休止含)
還:1時間15分(ランチタイム除く、)
所要時間:5時間05分






 吉峰寺(キッポウ)へ林道をクネクネ走り、終点の駐車場へ駐車。標高230mから約600m上げる標高の旅です。
(8:10)




 駐車場から100m歩けば吉峰寺。鎌倉時代、道元禅師が越前に入った最初の道場です。

 本堂を左から裏へ回り込むと登山口がありました。説明板では、稜線を辿る道は祖跡コースと名付けられています。

パーティは、吉峰寺から祖跡コースを辿り、祝山・仙尾山・大佛寺山と三山を目指しました。
祝山三角点まで2時間」の案内板を見て、しばらく緩やかに植林を登ります。






 樹林帯に変わり、道は明快ですが草に埋もれた個所もありました。皆は道を見失ったわけでなくゼンマイを探してます。






 1時間ほど歩くと急登になり、補助ロープが頻繁に出てきます。湿度が高く風がないので汗が乾きません。






 そしてコースの東端ピーク祝山705m三等三角点登頂。展望はそこそこありますが、遠い山は雲がかかっています。
(10:00)




 祝山から西への道は緩い降りです。やがて左下に林道が見え、2013年に崖崩れした個所は、補修されています。

 コースは、そのコンクリの端、ぎりぎりを歩く。奥は第二山仙尾山です。この先で林道を横断すると‥

森は、緑のカプセル。これほど豊かな自然が残る福井の山はいいですね。
展望も所々で開け、ひと登りすれば‥






 仙尾山(センノオ)826m山頂、本日の最高点です。三角点は無し。北に眺望がありますが、霞んでいます。
(11:00)






 山頂からの降り道にプラ階段。すると5分ほどで鉄塔に出ました。ここでもゼンマイの収穫にいそしみます。






 さらに降ると、林道が回り込んでいました。ここも右へ横断して登山道に乗ります。先は811mピークです。
(11:25)






 蜂がお食事中‥私も腹が減りました。大佛寺山頂まであと10分くらいの個所に「血脈の池」の案内板があります。
リュックをデポして南へ降りるとすぐ大きな池に出合いました。
血脈の池(ケチミャク)には、天然記念物モリアオガエルの卵塊があちこちにぶら下がる。

鎌倉時代、波多野義重公の妾を本妻が殺してこの池に捨てたという言い伝えがあります。
実は、この池は昭和の終わりころ、大衆が掘り出したものだそうです。
(11:40)





 池から戻り、緑のカプセルを登ると第三山大佛寺山807m二等三角点山頂です。

 北に眺望があり、待望のランチタイム。さてその眺望は‥
(12:00)〜(12:55)




 平地は永平寺町九頭竜川が流れ、正面地肌は採石場です。中央ピークより左へ2つ目が浄法寺山1053m。

 2013年10月4日に登頂しました。下山は、山頂から祖跡コースを外れ、南斜面を降ります。






 
中々の激降りですが、階段の小さなジグザグがありがたい。しばらく太ももに頑張ってもらうと‥




 平坦になり、そこが大佛寺跡道元禅師は、1243年吉峰寺に入った翌年ここに大佛寺を開堂しました。

 2年後に永平寺と改め、後に現在の場所に写されたと推定されています。
(13:05)






 寺跡の下で「御開山硯の水」の水場を過ぎると急降が復活。歩きにくい草生す沢道をゆき、木橋を渡ります。
(13:35)
虎斑の滝(コハン)の案内板に出たら、リュックをデポして沢道で遡りましょう。露出した岩は滑りやすい。
150mほど歩くと3段の滝が見えます。滝名は、輝く落水が虎の模様に見えることから名づけられました。

滝横に鉄梯子が設置され、登ってみます。これは最下段の落水ですが、右上にジオンさん。
最上段の梯子は長くて怖いので誰も登らず滝見物は終了。スリルがありました。
(13:45)




 緩やかな沢道を降れば、やがて永平寺ダム大佛湖が見えます。写真左端の駐車地にデポした私の車に乗り込む。
(14:10)

 車の温度計は31度。暑かったはずです。吉峰寺駐車場までは20qあり、40分走ります。縦走の達成感がありますね。

 
東海岳行
  “ボランティア” 

 私の知人で熊本へ5月中旬の3日間ボランティアで行かれた方からお話を聞きました。ボランティアといっても会社からの指令です。ある協会で同業の方たちが、全国から集まり団体で活動に参加されました。なおイメージ写真はフリー素材のものです。

 宿泊先は熊本の北、数十キロ離れた旅館。初日は、打ち合わせという名の飲み会で親睦を深める。「お金を使うことも地域貢献」と誰かが言うが、開かれたのは福岡市の某居酒屋。居酒屋の店員さんと話す機会があり、熊本の震災のことを聞くと、他県なんで『あまり興味がない』との結構冷めてる。

 2日目、朝7:00にシャトルバスに乗って、現地に移動。熊本市内に入ると、屋根にブルーシートがかけられた家屋が目に止まる。撮影は、被災者のことを考え控えるようにと添乗員さんに言われる。今は、twitterなどで簡単に写真が世に回ってしまうため『やめてほしい』とのこと。



 2時間ぐらいでサテライトと言われる拠点に到着。ボランティア希望者は、指定の席に座って案件を待つ。当日、サテライトを運営していたのは、東京から来た某保険会社の今年の新入社員10名ほど。

 男性8名、女性2名。1名別に中堅社員が監視役として常時目を光らしている。役割やルールなどは自分たちで決めるといったチームビルディングの研修の一環のようなもの。というのは表向きで、実際は何千世帯の情報が手に入れられるといった顧客集めが目的かもしれない。

 彼らの活動期間は4日ほどで、順に他の企業がサテライトにやってくる。さて案件を待つ時間、これがまた長い。30分の場合もあれば60分もある。GW中は2時間待ちもざらにあったらしい。流れはこう、まず被災者がサテライトに電話やファックスで依頼する。物を片付けてほしい、というのが殆ど。



 あとは都合の良い日や何人の人が必要なのかを伝える。で、運営側が被災宅にテレアポをして『今から行きますね』という流れ。この日は平日ということもあり、依頼主は高齢者が多い。

 1時間ほどすると、運営者から『男性何名、女性何名、自転車で現地まで行ってもらいますが、行ける人いますか?』とアナウンスがある。すると順番に行ける人が手を挙げ前に出る。現場に行き自分たちが行った活動内容は次の通り。瓦礫、不燃物の撤去。そして草むしり。

 ここで一つの疑問が生まれる。「震災と草むしりにどのような関連があるのか」ということ。確かに被災者側になってみると当たり前の生活ができなくなり時間もない。それはわかる。しかし実際は違った。5人で被災宅に行き、瓦礫の撤去作業を実施。1時間半炎天下の中行った。これは全然構わない。



 むしろお役に立てている感があり、やりがいもある。作業を終え『他に何かお手伝いできることはありますか?』と聞く。この時は何でも良いから何か頼んでくれと思う。

 なぜなら、このままサテライトにもどり、あるのかわからない案件を待ち続けることのほうが辛い。すると、『もしよかったらでいいんだけど、こんなことお願いしていいものかわからないんだけど、、、この長く伸びた草、、、』作業場は裏庭。あたり一面背丈ほどの草。どう見ても数時間はかかる量。

 炎天下の中、大量の汗をかきながらの作業。ふと耳をすますと。家の中から笑い声が。表の玄関に回ってみると、数名の来客がいた。見るからに近所の方か友人か。楽しそうに雑談。そして、お茶会へと発展。私たちは炎天下の中、大量の汗をかきながらの作業。数時間後、無事草刈り終了。



 達成感はあるが、何か腑に落ちない気分。被災宅を後にサテライトへ。今日はこれにて終了とのことで他のメンバーが戻るまで時間があり、サテライト内を見学。すると、ふくよかな体型の40代の女性に目が止まる。

 運営者に聞くと、数日前からボランティアに参加をしている一般者とのこと。話は数年前に遡るが、東日本大震災の復興支援ボランティアに参加したときのことを思い出す。その時も、よく似たふくよかな女性がいた。その人も一般者だった。それが3年経った今でも鮮明に記憶に残っている。

 なぜならあまり良い思い出ではないため。その人と今回熊本で出会った人は、同一人物といえるほど似ている。外見もさることながら態度まで。その態度というのが、とにかく偉そう。先に被災地へ入っているからというだけで、私何でも知ってますから、私頼られてますからという態度。



 あくまで個人的な考えになりますが、ボランティア活動をされる方って、心、体力、お金、時間に余裕のある方がされるもの、と今まで思っていたが、色々な方が来るものだ。

 この後、知人の話しは3日目と続きますが、貴重な体験談はこの辺りで終ります。彼が東北にも行かれたとは驚きです。その時の話もいつか聞かせていただきましょう。6月13日に山友の岳魚さんが、やはり熊本へボランティアで行かれたことを掲示板に書き込みいただきました。

2016.06.19(日)23:35