岳行ノート

             ミカミヤマ
三上山  432m/滋賀県野州市


2015年6月24日(水)


秀峰“近江富士”

妙光寺山は右鞍部の先




 山行が、1ヶ月振りになりました。足筋に自信が持てないので軽登山で復帰します。6月は、「道草」のような事情で関西へ頻繁に出かけていました。

 その帰り、名神高速道路で滋賀県を走ると栗東インター辺りから三上山が大きく見えます。その山容は富士山形で近江富士と称されるほどです。

 俵藤太(タワラノトウタ)のムカデ伝説の舞台となったむかで山なんですが、残念ながら私はその伝説自体よく知りません。


 1時間ほどで登れますのでお隣の妙光寺山にも登り、帰路は地形図にある三上山の山腹道で戻るピストンを計画しました。


 栗東インターで下り、国道8号線で3kmほど北上して御上神社の駐車場に停めました。教科書は、山と渓谷社刊「新・分県登山ガイド/滋賀県の山」です。
<駐車場>
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大きい地図 [+]詳細図、[-]広域図



御上神社駐車場

登山口

割岩

△三上山

野鳥観察小屋

東光寺峠

△東光寺日陽山

田中山分岐

△妙光寺山

磨崖仏

国道8号線

御上神社駐車場


※赤線はGPS軌跡
●は主な分岐点

■この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て同院発行の数値地図50000(地図画像)数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平17総使、第98号)」


江  南:午前7時05分発    曇り/23℃
駐車場:午前9時10分着    晴れ/26℃
往:1時間25分(三上山山頂まで、小休止含)
還:3時間10分(ランチタイム除く)
所要時間:4時間35分





 参拝者用の広い駐車場から東に三上山。綺麗なトイレに感謝。まず御上神社(ミカミ)へ参拝に向かいます。
(9:20)





 神社は鎌倉時代の建立とされ、この楼門の奥に見える本殿は国宝です。三上山は神体山で山頂に奥宮が鎮座します。




 駐車場に戻り、国道を渡って「三上山登山道→」の公共案内板に従います。表登山道登山口は集落の中でした。

 階段の左の家は妙見結社、登って猪防御扉を開閉します。
(9:55)

入山すると右手に魚釣岩の説明板があり、琵琶湖は昔、水位がその岩まであったとのこと。
琵琶湖の水位が標高85mなので30mくらい高かったと想像できます。
ここは岩山なので石段の材料には困りません。雑木林に囲まれた道を登ると‥





 妙見堂跡(ミョウケンドウ)の広地に出ました。燈籠に「慶應二」の彫字。幕末、徳川慶喜が将軍になった1866年です。
(9:50)



 分岐にいくつも出合いますが、道標が整備されています。「割岩→」の標示で行くと5m位の大岩が二つに割れ、狭い隙間。

 写真の中央が割れています。リュックを背負っては抜けられません。安心してください、太めの方には迂回路があります。
(10:10)




 岩場の急登には手摺りがありました。「展望台→」の指標で進むと南に野洲川(ヤス)の流れと日立・アサヒビールの工場。

 展望岩で景色を見て登ると、しめ縄を巻かれた磐座がありました。そこには‥
 御上神社の奥宮の小祠が鎮座しています。『ここが山頂かな?』 祠の右から奥へ行くと‥
 広地にベンチと山頂標がありました。標識の指す「花緑公園→」方向に降ります。(10:45)




 急斜面の尾根には、直降する「健脚向」と蛇行する「一般向」の登山道。時々クロスしています。いずれにしろ岩が多い。

 ここまでソロの男性と10人ほどすれ違いました。人気がある山のようです。



 やがて重要な分岐点「緊急連絡ポイントM−9」です。ここは左折して山腹道の中段の道を歩かなければいけません。

 やがて妙光寺山へ行く北尾根縦走路につながるのですが、勘違いして右折してしまいました。
(11:15)



 東の花緑公園へ知らぬ間に向かってます。二つ目の分岐の絵地図を見て気付きました。良く確認して北尾根へ向かいます。

 北尾根縦走路は、風化した花崗岩のザレ道です。程なくこの東光寺越に着きました。振り返ると‥
(11:40)

 美しい円錐形の三上山、標高432mの低山とは思えません。
手前はコブです。左側にカーブする北尾根縦走路が見えます。
この先、地形図にも載らない小さなコブがいくつも続き、地面からモワ〜ッと30℃以上の空気が上る。



 古代峠に着くと重ね岩が迎えてくれます。どうやって作ったの? 岩は黒く焦げ焼け木もあり、山火事があったようです。
(12:10)
 立木が低いのもそのせいでしょう。日陰がないのがつらい。次のコブに木陰がありランチします。
(11:50)〜(12:05)



 実はこの時、頬が熱く、身体に熱が籠っているようです。熱中症、第一ステージみたいで休憩して正解でした。

 元気になって進むと東光寺日陽山(230m)。調べると山頂から北西8qに紅葉の名所の東光寺があります。
(12:15)



 尾根道のちょっとした岩場を越えながら、北から西へと左カーブします。すると妙光寺山へアタック直前の鞍部に下山分岐。

 当初は北尾根縦走路を戻る計画でした。でもここを降り、国道を歩いて帰る方が時間的には早い。暑い!そうしましょう。
(12:45)





 そう決めてピークハントに向かいます。リュックをデポして、分岐から10分ほど登れば‥





 妙光寺山267mです。広葉樹に囲まれ全く展望はありません。目的を達したらすぐ分岐へ戻り、北方向に下山します。
(13:00)

やがて本日の目玉、磨崖仏へ行く分岐に出ました。分岐を左折して寄り道します。
岩屋の石神様の祠を過ぎると、程なく左手に穏やかな表情の妙光寺山磨崖仏

畳一枚ほどの切込に高さ160cm、厚さ10cmの地蔵立像です。1324年鎌倉時代に作られました。
そのころは、ここの環境はどうだったのでしょうか、、、思いを巡らせ下山します。
(13:15)






 分岐に戻る時、往きに通り過ぎた石神様をカメラに収めました。あとは谷道を降るだけです。





 木陰の道、沢の流れが涼しげに歌っています。帽子を水に浸して周回の国道歩きに備えます。

 やがてアジサイ咲く妙光寺山登山口です。鳥居前に猪防御扉がありました。
車道を歩いて国道に向かいます。ローカットの靴なので舗装道でもそれほど堪えません。
(13:30)



 振り返ると右に妙光寺山。写っていませんが画像左方向に田中山293mがあり、三上山妙光寺山三上三山です。

 今日の暑さでは三山巡りは、ちと厳しい。この先で国道の歩道に出ます。妙光寺山登山口から3q歩き駐車場に着きました
(14:10)

 
東海岳行
  “夢” 

 私は長男ですが、三男の弟が亡くなりました。彼は脱サラして関西で事務所を開きりました。しかし、最近は商売も先細りになり、一人で何とか続けていたようです。独身でした。ある夜、帰宅の運転中に体に異変が起きました。車をガードレールにぶつけパンクしたのですが、マンションの駐車場に辿りついたようです。

 彼が10年以上前から商売の種をまき育てた案件がもう少しでまとまりそうな時でした。部屋に入るとさらに変調はひどくなり、力尽き果てました。無念だったと思います。商談を進めていた方が、弟と連絡がつかないのでマンションまで來られ発見されました。弟の人生を締めくくるのは私しかいません。

 まず葬儀の手配をし、マンションの退出、車の撤去、事務所の撤去。大変なのは、私の全く知らない商売の清算です。会社の通帳を見ると入金と出金がたくさんあり、その処理に途方にくれました。ライフラインとか健保、年金、協会などの解約。そのための謄本・除票・案件書・印鑑証明などの入手。やること沢山。



 日々、奔走していた最中、娘が仕事から帰宅して腹痛を訴えました。どう見てもただ事ではないので救急車を呼び、運ばれた病院で1時間半後、虫垂炎の緊急手術。無事終わり、時は翌日になりましたが、私達は家に戻ることができました。実はその日は午後からマンションの退出作業を業者に依頼しています。

 午前中の予定は止め、良く寝て関西へ走りました。その時思ったのですが、あの日、弟も事故ったとき救急車を呼んでいれば助かったのではないかと思います。しかし、夢のような大きな取引を控え、入院なんかしたら商談が飛んでしまうと考えたのでしょう。独りだと全て自分の判断で決めなくてはなりません。

 アドバイスや心配してくれる人が身近にいなかったことが残念です。もう1か月以上経ちましたが、まだ関係者から電話がかかってきますし、手紙も来ます。何事も経験ですが、生まれて初めて法務局にも行きました。何度も何度も大阪に通わなくてはならないのがもどかしい。色々な方に助けられています。



 まだまだ時間がかかると思いますが、何とか綺麗に後片付けしたい。この機会に彼の出ている「道草」を読み返していたら胸にこみ上げるものはありました。殆ど子どもの頃の思い出ですが、本当に懐かしい。彼が事業を始めた頃、我が家に来て3人の子供を育てる私たちに話したことがあります。

 「俺は小さいけど事業家だ。独り身だから死んだとき、大きな財産を残し兄ちゃん達に残しさすがだなあと思わせるのが夢だ」と笑顔で語っていました。それも今ではいい思い出です。ということで東海岳行は、1か月間休校していましたが、復帰しますので皆様のお越しをお待ちしています。



◆2005年11月26日の道草「初めての出会い」(弟が幼稚園)兄弟3人で初めてコカコーラを飲んだ
◆2006年12月21日「大道草6/ケーキと大福」(2年生)初めてのクリスマスケーキを母は食べられない。
◆2007年7月157日「光の旅}(中2)ホタルを実家に持ち帰り、庭に放った。

◆2007年8月19日「大道草12/あっちゃんの親指」(幼稚園)お盆に起きたハプニング
◆2007年9月22日「父の一番長い夜」(小1)伊勢湾台風に襲われ夜、父に助けられた弟。
◆2008年2月3日「冬の寒さ」(幼稚園)昔の我が家を思うと限りない懐かしさと温もりが蘇る。

◆2008年7月20日「文吉の青空」(小3)弟がカナリア、文鳥、ヒヨコを飼ったときの失敗。
◆2008年11月29日「歳末三角クジ」(中2)兄弟3人で一等賞を当てる。
◆2009年5月27日「兄弟の夏休み」(中3)夏休みに弟を下宿に呼び課題を与えた。

◆2011年1月5日「夢は夢」(30代)バブルの頃に描いた夢。
◆2012年1月14日「お餅」(小6)我が家で臼杵の本格的な餅つき
沢山の思い出をありがとう。

2015.06.29(月)00:20